第25話
荒れた街道を導くように一羽の鷹が空を行く。
脇の木立は暗く翳るが、潜む鬼獣に眼を光らせて白銀の狼が伴走していた。
「ほら、遅くなってるぞ」
心在らずのラグナスを叱咤し、ファルカがサイクを嗾けた。
白と黒の斑毛の馬はファルカ見上げて鬱陶し気に鼻を鳴らした。
ヌヴィル遺構の崩落から、二十日近くが経っている。
その間、エチカが遺構の上層を完全に封鎖し、オベロンの棺を掘り出していた。
渓谷の先で鉄馬車ロッサを回収し、皆は麓で合流した。
目指す先はシュタインバルトだ。
先の勇猛とは裏腹に、腰の引けたラグナスに選択権はなかった。
そもタチアナ・オーベルはラピスに告げた。
首に縄を付けてでも。
ラピスの出向いた条件が有無を問わないラグナスの帰郷だった。
ラグナスは背中を振り返り、気弱な溜息を呑み込んだ。
木枠と幌で偽装はしても鉄馬車ロッサは形りが大きい。
田舎に見ない多頭立てだが、その実車輪が自走している。
輓具もロッサの制御の内だ。
御者台のダリルは飾りも同じで、息抜きに六弦琴を爪弾いている。
「何だってそんなに下手なんだ」
幌の上でオベロンが零した。
「絡繰りの癖に譜面通りに弾けないのかい」
ダリルは気にも留めない。むしろ得意気に応えて見せた。
「知らないのオベロン、心で弾くんだ」
「だったら先に心を磨きなさいよ」
寝転んだまま、ひらひらと手を振った。
「音楽は昔から変わらんな」
ちょこんと座った隣のエチカが物知り顔でふふん、と笑う。
何故か彼女は当たり前のように同道していた。
「そんな事言ったら昔の人に叱られるからね」
「わしがその昔の人だとも、どれ、手本を聴かせてやろう」
街道筋の木立ちから、わさわさと鳥が逃げて行った。
車軸の軋るような音に客車のザビーネが何事かと顔を顰める。
ロッサの広い客室には、他に三人が膝を突き合わせていた。
ラピスと御付きのクロエとデボラだ。
御者台の向こうに馬上のラグナスを見遣り、ザビーネはラピスを振り返った。
変わらず無関心を装う目に、意地悪く笑う。
隣に掛けるデボラを片手で押し遣り、触れるほどに尻を捻じ込む。
「ねえラピス、仲良くしようよ」
クロエとデボラがあからさまに警戒を見せた。
「藪から棒に」
冷えたラピスの声を躱してザビーネは耳許で囁いた。
「共同戦線が必要なんだ」
ラピスが僅かに頬を向けて睨む。
ザビーネが目を細める。知力は遥かに及ばないが人の見分けは経験値だ。
その点はザビーネが優っている。
「あたしたちの最大の敵はね、メルシアだと思うのよ」
「伯爵夫人の事か」
ザビーネが笑う。相手が彼女と分かるならラピスも意識している証拠だ。
「世継ぎもいるし地位も安定している、敵対する要素はない」
「もうラグナスには関係ない女?」
「当たり前だ」
「そんなのが一番やばいんだって」
言われてラピスがザビーネを睨む。
「やばいのはこいつの方です」
「罠です、きっと罠ですよ」
クロエとデボラが声を上げる。
ザビーネがラピスの背中越しに手を伸ばし、二人の額を指で弾いた。
クロエとデボラが悲鳴を上げて転がる。
「助けてーなんて言われたら、ラグナスが放って置けると思う?」
ラピスは思わず振り返ってしまい、慌てて素知らぬ顔をする。
遅かった。ザビーネが、我が意を得たりとばかりに笑う。
「だからさ、あたしらがしっかり手綱を握らないと」
そう言ってラピスの手を取るとラグナスの背中に目線を促した。
街道の先は遠くまで抜けている。
ラグナスは路の先に故郷を見遣り、息を吐いた。
もう帰る事などないと思っていた。
この身が踏み穢してはならない場所だった。
なら、新しく始めよう。
ファルカは笑ってそう言った。
もう独りではないのだから。




