第23話
クロエとデボラが薄闇を疾る。
足許こそは凹凸もあるが、三層上の天蓋裏は迷庭の如き仕切りがない。
視界は広く抜けている。採光板に陽が走り、思いの外に見通しも利いた。
通気路の帯を越えた先、猿鬼と思しき群れがいる。
大半が身軽なこの輩だ。
這わねば入れぬ巨人は居らず、喰人鬼は身を屈めている。
巨大な鬼獣は天板を擦るが人の上背には不自由のない高さだ。
大振りの斧を振り被り、デボラが群れに踊り込んだ。
壁際だろうと振り抜いて岩ごと抉って猿鬼を刈り飛ばす。
武器の損耗も甚だしい。先の会敵では手持ちが折れた。
得物は斃した喰人鬼から奪ったものだ。
隙間を縫うようなクロエの剣が、確実に喉笛を突いて行く。
怯えて逃げる先を読み、いたぶるように仕留めて回った。
鬼獣の血飛沫は最早避けない。
色を帯びた二人の肌には、毒に強い耐性があった。
むしろ食しても害ないほどだ。
倒し切ったとクロエ、デボラが息を吐く。
思いきや、足許に喰人鬼の頭が血を噴いて飛び転がった。
乱戦の間に接近を許したらしい。
泣き別れの胴が倒れ込み、伏して四肢を蠢かせる。
後ろにザビーネが佇んでいた。
屍は毒に塗れた血を噴くも、飛沫のひとつも浴びてはいない。
「ほらまだいるぞ、きりきり働け」
二人に向かって切っ先を払い血飛沫を掛けてザビーネが囃す。
「頸を刈って来い」
クロエとデボラは踵を返し、獲物を追って飛び出した。
「やっぱりやばいぞあの女」
「お嬢さまより厳しいよね」
囁き合って息を吐いた。
「この遺構を破壊する、底を抜いて鬼獣の全てを押し潰す」
発案したのはラグナスだった。
遺構は切り立つ尖峰にある。概ね上まで中を掘られて続いている。
並みの塔より遥かに高い。だが構造が異なっていた。
連なる山稜の一部であって、層を抜いても倒壊の恐れがない。
遺構の本堂、鬼獣が埋めているのは下の三層だ。
その天蓋を落として潰す。
「歴史への敬意がまったくない」
エチカは呆れてそう言った。
「だが、どうやってそれを成す」
「ダリルの破砕砲か」
ラピスが代わって呟いた。
ダリルは半日の機能低下を余儀なくされるが、その威力は申し分ない。
ラピスは記憶を交えて策を組み立てる。
三層天蓋の吹き抜けなら下に撃てる。支柱を払って崩落を狙えるだろう。
恐らく迷庭の床さえ落ちる。残るのは岩盤際の縁だけだ。
三層以下は連鎖的に押し潰される。逃げ出る暇はほとんどないだろう。
むしろ折りには大半が焼け死ぬ。圏内に居ずとも蒸し焼きだ。
「そりゃあ大惨事だな」
ラピスの説いた仮定を聞いて、ファルカは思わず顔を顰めた。
「斃すべきは斃す、恨みは僕が冥界に持って行こう」
呟くラグナスの肩を小突いてファルカは鼻を鳴らした。
「なら、半分寄越せ」
射撃の三層の天蓋裏だ。位置は吹き抜けの縁にある。
鬼獣の探索は案の定、その場にさえも及んでいた。
梅雨払いが必要だった。
ラピスがエチカと眼を共有し、討伐隊を送り出した。
幸い操作が適うほど遺構の仕掛けはまだ生きている。
遠く離れた扉の施錠や隔壁の開閉が十分適った。
こと上層に関しては、一切の遮蔽も可能だ。
天蓋裏から上に続く通廊は少なく、その殆どは塞がっている。
残っているのは壁際のひとつだ。
それを通じて展開し、遊撃で各個に討ち倒して行く。
その間一時、通廊は閉鎖されている。
鬼の類が四肢を使って這い登り、昇降口を探している。
幸い下ほどの数はいない。大型のものも殆どいない。
猿面鳥こそは飛び移れるが、天蓋裏には高さがなかった。
哨戒は互いの目視だ。
気付いて寄るも距離があり、次の会敵には猶予があった。
掃討の後、皆を通廊に呼び集める。
ラグナスとファルカが見渡して薄闇に身動く影を探った。
『許容範囲だ、次の鬼獣が来る前に射撃位置へ』
ラピスの声が直接に届く。伝信器の比ではない。
エチカを介した妖精眼が無線霊信器の如く皆を繋いでいる。
意識の即時共有に等しい。しかも多方向だ。
通廊の隔壁が開いた。
「よしお嬢さん方、此処から先は任された」
ファルカがクロエとデボラに声を掛ける。
「命令するな」
「頑張ってください」
二人が応えて通廊を駆け上がる。
「君も上に、皆を頼む」
ラグナスの言葉に頷いてザビーネも通廊に駆け込んだ。
振り返る。
「また後」
言葉の途中で鼻先に石扉が落ちた。
咄嗟に避けて後退りザビーネは宙を睨んだ。
「ラピス、危ない」
『さっさと引き上げなさい、貴方は上』




