第20話
ラピスに応えてエチカは頷き、並ぶ石碑に向かって歩いた。
「そこのオッサンも手を貸せ」
ひとつを選んで立ち止まり、宙に向かって声を掛ける。
いるのかよ、とファルカが呆れて呟いた。
ダリルに身体を取りに行かせ、自分は待っているだけとは相変わらずだ。
ラピスがエチカの選んだ石碑に目を遣る。
縁の飾りは有史の以前、遥か太古の紋様だ。
創世史学では第五階梯に用いられている。
無造作にエチカが石碑に手を突き入れた。
ファルカが目を剥く。ラピスも僅かに動揺するも、次の様には度を超えた。
エチカは碑から蠢く黒い塊を引き摺り出して行く。
髪を掴まれた女。だが顔はぬるりと凹凸がない。
抗うように両手を振るが、その先の半身が人ではない。蛭だ。
エチカは身よりも遥かに大きい、大人ほどのそれを床に打ち捨てる。
「押さえておれ、逃がすなよ」
宙に命じる。
勘弁してくれ、と嘆く声が気配で分かった。
エチカは石碑を振り返り、続け様に腕をもうひと突き差し込んだ。
同様に髪と思しき頭を鷲掴み、女身の蛭を引き摺り出す。
エチカがラピスを振り返る。
蠢きのたうつ二体を曳いて、唖然と竦む眼前に一歩一歩と近づいて来る。
止めて、と叫ぶより早くエチカは蛭を投げ付けた。
女身の蛭がクロエとデボラに躍り懸かる。組み付きみっしりと齧り付いた。
「ほれ、ぼさっとするな、押さえんか」
エチカがファルカを叱咤する。
ファルカは悲鳴を呑み込んだ。
両腕を拡げ、黒い塊ごとクロエとデボラに組み付いた。
二人の身体は海老のように撥ねる。
半ば物質化した半濁の嚢を引き破り、吸気を求めるかのように激しく喘ぐ。
ラピスは同時に二人の神経索を編んだ。
蠢く星辰態の末子を結わえて紡いで行く。
まるでラグナスの術式だ。
だが、あの神像の比ではない。
時間の感覚は消えていた。
どれくらい没頭していただろうか。
跳ね散り落ちた蛭の残滓が、いつの間にか雪のように溶け崩れていた。
ファルカもいつしか力を抜いて、膝立ちに二人を抱えたまま息を吐く。
黒々とした女身の蛭は在った気配も既にない。
だが、暴れて乱れたクロエとデボラの剥き出しの肌は微かに色を帯びている。
まだ血の付いた手当の布が外れた下には、痕すらない。
二人の頬を交互に見遣り、ファルカは変化に唖然とした。
気のせいか肉付きまでもが変わっている。
目が合った。
クロエに殴られ、デボラに突き飛ばされて、ファルカは床にひっくり返った。
「お嬢様」
「ご無事ですか」
クロエとデボラが座り込むラピスに飛び付いた。
問うのはこちらだ、と言わんばかりに碧い眼を遣るもラピスに言葉はなかった。
「此処はいったい」
「何があったのですか」
少し前まで瀕死であったとは思えない。
ファルカは天蓋を見上げたまま、自分だけが貧乏籤かと息を吐いた。
笑い声が聞こえた気がして、見えないオベロンを睨みつける。
「さて面倒事の時間のようだ」
エチカはラピスと二人を見遣って上に続く通路に顎を振った。
じきラグナスが帰って来る。
「せいぜい、あれを言い包める事だ」
怪訝そうなクロエとデボラを一瞥し、ラピスは頷いた。
「アイツも呑むさ、失くすってのがどんな事かは知っている」
ファルカが呟く。
エチカは石碑を振り返り、ファルカに肩を竦めて見せた。
「いいや、絶対面倒事になる」




