第19話
前には延々、階段が続く。
瀕死のクロエとデボラ、治癒に付き添うラピスの姿はもう見えない。
オベロンが抱えて先に上がった。
ラグナス、ファルカ、ダリルは徒だ。
先の下りは飛び墜ちた。今はそれを駆け上っている。
エチカと遭った広間を越えて、まだ昇路は続いている。
難を逃れた三層は天蓋裏に狭間があった。採光通気の空間だ。
昇降口はそこに通じ、皆が通路を潜った後はエチカが石で封をした。
本来ならば階段もあったが、どうやら鬼獣が落としたらしい。
仕掛けの罠に嵌ったのだろう。上に進めず彷徨っていたに違いない。
「まだ先か」
息こそ切らしていないものの、ファルカが飽きて呆れて呻く。
「まだ半分だ」
ラグナスの返事に悲鳴を上げる。ダリルも真似て声を上げた。
彼は自身の行程と同じく、道々状況を話して聴かせた。
それでも石碑の並ぶ間に辿り着くや、ファルカは光景に絶句した。
したり顔のエチカと目が合い、複雑な顔をする。
「容態は」
ラグナスが駆け寄りラピスを見遣った。
臥した二人の間に座してラピスは小さく首を振る。
クロエとデボラの傷は深い。妖精眼が損傷を紡ぐも現状維持で精一杯だ。
本来強靭な肉体を、閾値を超えた鬼獣毒が蝕んでいた。
ラピスの力が尽きれば終わる。彼女の疲弊も度を越していた。
「何かないのか」
ファルカがエチカを向いて問う。
「水ならあるが、わしも此処に住んでおる訳ではないからな」
治療具どころか食料も儘ならない。手持の装備は無に等しい。
「上には行けるか」
ラグナスが訊ねる。
「僕らの荷がまだあれば」
ないよりましだ、と呟いて立ち上がる。
エチカは広間の先を指した。
「扉を開いてやる、鳥が毟っておらねばそのままだ」
言ってエチカはファルカの袖を引いた。追おうとした足が蹈鞴を踏む。
怪訝に見下ろすファルカに向かって、エチカは微かに口許を動かした。
そこに居ろ。
「そこな絡繰り、行ってオッサンの身体を持っておいで」
エチカがダリルに声を掛ける。
「そいつを置いて追い掛けろ」
ファルカが六弦琴に指を振る。
「面白い輩が居るものだ」
駆ける背を見送りエチカは肩を竦めた。
「人と絡繰りの混ざりもの、人と獣の混ざりもの、人と冥界の混ざりもの」
「エチカ」
呼び止めた理由は何だ、とファルカが目で訊ねる。
エチカは制してラピスに目を遣る。
臥せる二人の傍に寄り、クロエとデボラの短く浅い吐息を眺めた。
「随分手を掛けこしらえたようだが、ぬしの加護なくば長くはないな」
二人に向けた妖精眼を逸らさず、ラピスは背中でエチカを睨んだ。
彼女らもまた血清の子だ。棄てられた組織の血縁者だった。
人獣の混交だが知性に乏しく、実験素体としてラピスに下賜されたものだ。
ラピスにとっては手慰みの知性化。
即ち罪だ。負わねばならない。
エチカはラピスの碧い眼を覗き込んだ。
「おまえ第八階梯の眼であろう」
ラピスが僅かに身を凍らせる。
「この眼の出自は遺跡の妖魔だ、正体は知らん」
「まあよい」
エチカはラピスに、ファルカに向けても告げる。
「方法がある、だが助けるとは言い難い、ことあの男は嫌うであろ」
話が読めず二人が戸惑う。
「ラグナスの事か」
ファルカが問うとエチカは頷き、並ぶ石碑に目を遣った。
「血肉で膨れた冥界の眷属がおる、それを降ろせば死にはせん」
「まてラグナスの、ザビーネの魔物か」
ファルカが思わず声を上げる。
「聞いておるなら話は早い」
「いや駄目だ、吐く息だけで腐鬼なるって話だぞ」
ふん、とエチカが息を吐く。
「引かれた妄念はもう見えん、この娘らの次第であろう」
ラピスの知識、見識がこの状況の理解に及んだ。
手ずから編んだ知性だからこそ、クロエ、デボラの魂は制御が適う。
無論人からは遠ざかる。今より遥かに違うものになるだろう。
なるほど、ラグナスはそれを嫌う。力尽くでも止めようとするだろう。
「無論面倒な事になる、ぬしが全て呑むのが条件だ」
随分ラグナスを知っている。あれの人生、為人、記録以上の知識がある。
魂を覗き見たのなら、第六階梯の名前も伊達ではない。
「お嬢ちゃん、よく考えろ」
ファルカの声に意識を戻した。
「この娘らは疾うに人として死んでいる、私も同じだ」
クロエとデボラの手に触れて握り返す指先に頷く。
「まだ共に生きられるのなら、魔物であろうと私はそう望む」




