第2話
一帯は所轄領の管理地だ。
コッペリオの領府と教会が、鬼獣未討伐の域として厳しく入山を制限している。
許可の基準は不明だ。
少なくとも麓の住人は近づかない。
コラン・オランドは当然、未許可だった。
とは云えファルカパッドの目の前のそれも、怪しさの度合いでは同類か。
遠く見た先に、大きな平屋の建屋があった。
街でも見ない蒸気炉の小屋がある。
およそ場違いな代物だ。
併設されているのは閉鎖式の厩舎か。
柵というより堅牢な覆いがしてあった。
近隣と呼ぶには離れているが、麓の里でこんな建物の話は聞いた事がない。
ファルカパッドがそれを伝えるや、コラン・オランドは俄かに色めき立った。
急かして荷を纏めさせ、建屋を目指した。
念を重ねた位置取りをする。
「アンタはいつから覗き屋になったんだ」
皮肉も通じない。
だが狙撃長弓は流石に一線を越えていた。
一矢射るのに足と全身を使って引くそれは、射程が長く殺傷力も高い。
巨躯の喰人鬼を狙い撃つ弓だ。
「親爺」
止めるもコランはファルカパッドを蹴った。
長弓の脚を組みながら照準具を投げて寄越す。
不承不承にファルカパッドは照準具を拾い、小屋に目を眇めた。
動くものを探す。
当たりを付けて照準具を覗いた。
人だ。萎びた老人がいる。
付き従っているのは大狼か。
否。
背こそ丸いが二足で歩いている。
狗頭の猿鬼、あるいは喰人鬼に似た鬼獣。
「人獣だ」
コランが照準具を毟り取った。
眼を眇め、小屋と照準具を交互に覗く。
コラン・オランドは失った方の眼に固執している。人獣を追うのはそのせいだ。
あるいは一線を越えた恐怖に苛まれている。
それを憎悪に転化して今も生き延びている。
ファルカパッドを引き取ったのも同じ境遇だからではない。
むしろ自身が逃れる盾だ。
代わりに悪夢を見る者が欲しかったのだ。
ファルカパッドは不安を燻らせた。
気に掛かるのは親爺の焦りだ。
狙撃長弓は脚で固定し、引鉄で撃つ。
連射式の短弓もだが威力の割に射撃が軽い。
それは命を奪う気構えも同様だ。
とは云え、落ち着けなどと親爺に言おうものなら殴られるのは目に見えている。
老人と人獣は小屋の縁を回る。
鼬人のように人語を解する鬼獣もいる。
人獣もその類か。
あるいは猿鬼のような人真似だろうか。
いずれ老人には危機感がなかった。
人獣が前に出た。
長い鼻を突き出して辺りを探っている。
こちらに目を向けた。
刹那、長弓の弦が唸った。
矢は人獣を真っ直ぐ射抜く。
背の老人ごと壁に縫った。
咆哮が一拍を置いて樹々を揺らした。
建屋の扉が打ち開かれる。
幾匹もの人獣が転び出た。
ファルカパッドは舌打ちした。
掠れた声で笑うコランを抱え、ファルカパッドは長弓を曳いて駆け出した。




