第16話
鉄の扉の際に立ちファルカが皆に指先を振る。
ダリルは後ろに、ラピスとクロエ、デボラの二人は扉の脇に伏せた。
ファルカが扉を押し開ける。
通気以上の風があった。
鬼獣の気配は濃厚だが、一見姿はまだ見えない。
先は思いの外に横に広い。左右の端が向こうに折れて、まだ続いている。
他の石室や通廊にはない支柱が、格子のように並んでいた。
「どっちだ」
警戒しつつファルカが訊ねる。
「正確に言うなら壁の向こう」
脳裏の地図を辿ってラピスが告げる。
此処は広いが壁がある。三層の中央はあと少し先だ。
「いっそ壁を貫いてみるか」
他から厚みを推し量るに、ファルカならば可能だろう。
「路を探そう」
通廊の配置が思わせ振り過ぎる。力技は最後の手段だ。
「じゃあ、こっちだ」
ファルカが右手に歩き出す。
「どうしてそっちなんだ」
クロエが睨む。
「勘だよ」
「勘だと」
クロエが噛み付き、デボラは呆れた目をラピスに向ける。
「構わない」
ラピスは肩を竦めて見せた。理詰めで動けなくなるよりましだ。
ダリルが前で索敵に立ち、皆は石柱を横目に進む。
鬼獣の気配は近くにあるが、まだ此方には気付いていない。
壁は緩やかな弧を描き、延々と続いた。扉らしきものはまだ見えない。
石貼りの斑を眺めつつ、ラピスは知らず意識を寄せる。
思い至って舌打ちした。
気付いてファルカが足を止める。壁に掛け寄るラピスを皆が追った。
「却下して正解だったな」
貼り付くように石目を辿り、ラピスがファルカにそう告げる。
「どういう事だ」
「開閉の細工が向こう側にある、恐らく此方に扉はない」
ここに来て一方通行だ。
妖精眼の凝らして壁の細工を辿る。壁に沿いを走った。
錠を見つけて立ち止まる。
「気を付けて、近い」
鬼獣の気配にダリルが警告を投げる。
「開けられるか」
「時間が要る」
「なら、仕方ない」
ファルカが応えて前に出た。
群れが来る。鉢合わせるのは時間の問題だ。
石に額を押し当ててラピスは視野を貫いた。見通す錠を読み解いて行く。
不意にダリルが眼差しを上げた。
「猿面鳥だ」
こんな迷庭の奥にと驚くも、息を詰めて羽音に身を凍らせる。
柱を縫って影が行き過ぎ、不意に巡って此方を向いた。
ダリルが無造作に手斧投げる。
口を叫びに開けたまま頭が柱に当たって撥ねた。
身が血を噴いて滑空し、縺れるように床を転がる。
二つに割れた仲間の上を後続の猿面鳥が飛び過ぎた。
会敵の叫びが通廊に響く。
「クロエ、デボラ、嬢ちゃんを頼む」
「当たり前だ、ファルかパッド」
「はい頑張って、ペレグリン」
鬼獣の群れにファルカが駆ける。二人は応えてラピスを背に構えた。
怪鳥の声が宙に降る。
ダリルが柱を蹴って跳び猿面鳥を床に抱え落とした。
飛び込む雪狼を蹴散らして、ファルカが鬼獣の注意を引き馳せる。
先には猿鬼さらには喰人鬼。
その背に抜きん出た影がある。
ラピスは意識を無理やり戻し、石壁に目線を突き通した。
錠は物理の機構を持つが同時に術式に括られている。
聖霊術には近しいが御柱の恩恵に沿わない魔術だ。
ラピスはそれを知っている。
錠を解くのは難しくない。むしろ解かねば機構が止まる。
壁を破らなかったのは正解だ。
ラピスは剣戟を間近に聞いた。鬼獣が近くに迫っている。
何より鬼獣の血煙にクロエとデボラが咳を噛み殺している。
もう限界だ。時間がない。
施術を解いて物理の錠を押し上げる。
妖精眼の膂力は微細だ。本来物を動かせるほど強くはない。
左目が視界が朱く濁る。頬に血の雫が零れた。
ラピスの傍にクロエが撥ねた。
石壁に血の帯を引いて蹲る。
辺りが翳った。岩山のような圧が寄る。
デボラが掠れた叫びを上げた。向かうも打たれて大きく撥ね跳ぶ。
ラピスは壁を肩で押し、斜めに見上げた背の情景に息を呑んだ。
巨人だ。唯一『人』の字を冠した鬼獣の王。
天蓋を擦るほどの巨体がラピスの背中を埋めている。
不意に肩が沈み込んだ。積み石が解けて割れて行く。
吹き込む風に逆らって潜る。石壁の狭間に転がり込んだ。
足下がない。悲鳴を呑んで踏み留まる。
眼前が大きく抜けていた。通廊どころか床もない。
ラピスの堪えたその先は、一歩で途切れる奈落の縁だった。




