第15話
「おまえが言うのは、ただの門だ」
冥界ノ門は言わば汎用だ。
星辰界との接点に過ぎない。
むしろ物質界を繋ぐも扉は、かつて大陸の其処彼処にあった。
エチカに拠れば、そう云う話だ。
冥界に通ずる用法が見出され、世界はそれを手放した。
「勿論、簡単には開かんしな」
冥界に応じた鍵を要し、顕現物資と制御式を要する。
その上、神子は気紛れだ。
「冥界か」
ラグナスはじっと石碑を見つめ、照り映らない漆黒の面を覗き込んだ。
危うい奴だ、とエチカは呟き、並ぶ石碑を眺め遣る。
「おまえの知る冥界は幾つある」
第一階梯、
第二階梯、
第三階梯、
第四階梯、
第五階梯、
第六階梯、
第七階梯、
第八階梯。
「後ひとつは、知らない」
ラグナスは答えて端に残った空の台座に目を向けた。
「何もなかろ、気にするな」
隠す様にエチカが割り込み、石碑の前を歩いて行った。
「オッサンとやらは、わしのに入れた、ほれこれだ」
指した石碑が恐らく第六階梯だ。
縁の装飾は異なるが、石碑の見目に大きな差が分からない。
「おまえを呼ぶのは第五階梯だな」
「呼ぶ?」
言われてラグナスはエチカの指す石碑に近づいた。
黒く平らな石碑の表は、やはり何も映り込まない黒だ。
だが、微かに。
不意にエチカがラグナスの袖を引いた。
気づけば息が返るほど石碑の面が間近にあった。
「おまえは止めろ、冥界が割れる」
目で問うも、エチカは唸って間を置いた。
その説明が難しく、言葉を選ぶ。
冥界は個でありひとつの世界だ。御柱に類する芯がる。
対話を求めて編まれた術が、神子と呼ばれる憑代だ。
だが御使いとは本質が異なる。あれは眷属に類する装置だ。
聖典の一節も正確ではない。
ラグナスの理性は悲鳴を上げた。耳を塞げと訴えている。
リリウム・ファリアに創世史学を示されて以来だ。
目許を強張らせるラグナスを笑い、エチカは言葉を投げ出した。
何気に石碑を覗き込む。
「受肉しておるな」
驚きを滲ませ呟いた。
「知っている」
応えるラグナスを見上げて訊ねる。
「魅入られるとは余程だな、何があった」
この石碑が同じ場所に通じているなら、中には彼女が眠っている。
その身で鎮めた瘴気の化身と共にだ。
世界を壊しかねない代物だった。
ただ在るだけで魂を穢し、触れれば生者も腐鬼に堕ちた。
ふむ、とエチカは息を吐いた。
「第五階梯の眷属は本来淫魔の類だが」
石碑の表に手を伸ばす。
「大方喰ろうた魂か人の妄念に引かれたのであろ」
言うなり石碑に頭を潜らせた。
ラグナスはただ呆然と石が水面の如く揺らぐのを見遣った。
「これは、また」
顔を抜きエチカが口許を顰めて見せる。
「随分と血肉を喰わせたな」
神子を望んだギルーク・メッサーラが幾年も贄を積み上げた結果だ。
「妄執らしきは星辰界に散ったが、引き留めねば世に出るな」
ラグナスは呻くように頷いた。
「それも知っている」
そうしない為に彼女は人柱になったのだ。
「その眷属を中に留めて神子を出す方法は、あるだろうか」
たったひとつの問う言葉がラグナスにはとてつもなく重い。
「この有り様では、ないだろう」
エチカの答えに凍る手脚を強く堪え、ラグナスはそうか、と呟いた。
「だが眷属を抜いて抑えれば、神子は勝手に出るであろ」
ラグナスが振り返る。
「無論抑えの効いた贄が要る、さて、おまえの好みに合う方法かどうか」
それは希望であると同時に、彼らに倣う術に他ならない。
贄を積め。囁く声は耳を塞いでも消えない。消える事はないだろう。
身体は冷たく凍えたままだ。
「そうか」
ラグナスは繰り返し小さく呟いた。
「どちらにせよ、今は如何ともならんが」
叶えられなくても、いずれ見つける。探し出す。
望みだけあれば、今はいい。
「おまえ、よい顔をするなあ」
奥歯を噛み砕くかのような表情を見上げ、エチカは揶揄する。
感嘆とも呆れとも付かない息を吐いた。
見つめる第五階梯の漆黒の石碑はラグナスの姿を映さなかった。




