第14話
喰人鬼の頭を刈り落とすや、錆びた手斧が折れ飛んだ。
人真似の鬼獣が持っていた得物だ。碌な手入れもされてはいない。
手に残った柄を捨て、ファルカは喰人鬼を蹴り倒した。
素手の鬼獣討伐だ。思えば前衛のダリル共々得物を持っていない。
だがその少年の指先は刃のように猿鬼を刻んで刈って行く。
「右から雪狼」
ラピスの言葉の半ばほどでクロエがするりと的に動いた。
擦り抜けた獣をひと突きで屠る。
その槍先を返す前にデボラが後続を槌で打った。
大人ほどの鬼獣の身体が撥ねて壁に潰れる。
「次の角に気配はない、先は大部屋だ」
石の向こうを見通せる訳ではないが、妖精眼の索敵は広い。
夕闇よりもなお昏い、こんな場所では燈にも等しい。
入り組んだ通廊。
広さも形も定型のない石室。
遺構の三層はまるで迷宮だった。
路の先は度々折れて見通しが利かない。
思わせ振りの錆びた扉は視界も気配も遮っている。
昏い石室が口を開けている事もあれば、意味なく石壁が塞いでいる事もある。
最悪、こうして鬼獣と出会す。
遺構の下層は大きく三層が確認できた。
渓谷の底に通じた一層は広く巨大な空間。
溢れんばかりの鬼獣で埋まっている。
二層はその上に張り出た厚幅の縁で、区画が大きく割れている。
鬼獣の密度はやや薄く、どうやら物資の備蓄場らしい。
三層目は閉じた石の造りだ。内はみっしり壁が立っている。
小部屋というより迷庭に近く、委細は見通しようがない。
それらの調べはラピスの生体兵装、鷹のファーンが外側から得た。
断崖に採光通気の開口があり猿面鳥を避けて覗き見た類推だ。
人の潜れる開口は三層を境に見当たらない。
遺構の上下に隔絶も考えられるが、点々と抜けた孔はあった。
三層の何処かに上に繋がる路がある。
いずれ鬼獣の溢れる一、二層を避けての登攀は三層が限界だった。
迷宮を辿って上に通じる昇降口を探す事。皆はそれを目的とした。
だが、そう考えたのは鬼獣を指揮する者も同じだったらしい。
予想よりも会敵が多い。
扉の建て付いた石室に封をして、休息がてらに策を練る。
「どれくらい来た?」
ファルカはラピスにそう訊ねた。
訊ねながらも手を動かしている。
見目に反してまめまめしい。
一服と治療の湯を沸かしクロエとデボラの傷を診る。
ダリルは扉を背に寄り掛かり、六弦琴に手を伸ばした。
「ボクの一曲を癒しに」
「やめろ」
「弾くな」
ラピスとファルカが声を揃えた。
「三割ほどだ」
気を取り直してラピスが告げる。
「まだそんなものか」
ファルカの目は背嚢の備品を勘案している。
ダリルを除いて補給は必須だ。水食糧は補充ができない。
武具の類は辛うじて奪取で賄える。
だがデボラの圧搾銃は疾うに専用の鉄矢を撃ち尽くした。
荷になる部位は全て捨て、今は拳ほどの炉心殻だけを背負子に下げている。
そもファルカ、ダリルは兎も角も、デボラとクロエは限界に近い。
鬼獣毒への耐性は高いが、既に回復の閾値を超えている。
毒と疲労は機能を落とす。戦闘が長引けば致命的な事故も招くだろう。
ラピスは小さく肩を竦めた。
場合によっては撤退もあり得る。
だがあと少し。不明の個所を確かめたい。
通廊の配置は異なるが、凡その全体は読み取れる。
縁の側で見つけた経路は下に続く階段だ。
周囲をある程度廻ってからは中央を目指して進んでいる。
「だが、連中もまだ見付けてないって事だな」
「そうだな」
鬼獣にしては賢しくはあるが、手当たり次第の感も大きい。
とはいえラピスも索敵に適した生体兵装は外だ。
鷹のファーンは細かく仕切られた中での制限が大きい。
狼のベナレスはその逆だ。必要だったが断崖を登れなかった。
「いっそ鬼獣共が先に見付けていれば、案内して貰うだけで済んだのだがな」
息を吐いて天井を見上げる。
通気と明かり取りは其処彼処にあるが人の通れる孔はない。
これほど数があるならば配管用の空隙だろうか。
つまり天蓋の上にもう一層、採光通気の屋根裏があるかも知れない。
ただし行き来が適うかは不明だ。今は調べる余裕もない。
「ともあれ、最初の探索先はすぐ其処だ」
優先すべきは、この向こう。
踏破部分を勘案するに、中央に近い一帯が通行を制限されている。
この先に上への通路を確認する。
あればよし、なければ腰を据えての再探索が必要になるだろう。




