表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮面ノ騎士  作者: marvin
幻界ノ魔神
110/123

第9話

 腕を掻き、滑った両手が石に掛ける。

 奈落に引かれる身体を堪え、指先だけでしがみ付く。

 僅かに覗いた視界の隅に、絶壁を流れる土埃の帯が見えた。

 ファルカの声を遠くに聞きつつ、ラグナスは指で身体を引き上げた。

 岩の張り出しは腕の幅もない。だが崖を切り分けるように続いている。

 思えばこちらは遺跡の側だ。想像以上に人為の跡は規模が大きい。

 岩壁に張り付き、ラグナスは縁を辿った。

 上下に延々断崖が続く。その只中に削り出しと石組みの跡がある。

 どれほどの技術と年月が籠められたものか、想像もできない。 

 張り出しの先が横穴に至った。

 奥は中途半端な通廊、縁には朽ちた格子の跡がある。

 入って通気口の類だと気付いた。

 ならば大きい。通廊を辿った先でラグナスはそれを実感した。

 下を向いた孔を滑り降りる。着地に間を要した。

 岩山を掘り抜き石積みで支えた大空間だ。

 天蓋が高く横にも広い。広いが迷路のようでもある。

 何かも不明な朽ちた木像、巨大な石の細工物が所狭しと放り出されている。

 薄く敷かれた土埃を踏んでラグナスは薄明かりの石床を渡った。

 淡くはあるが光があり、埃は混じるが風もある。

 彼方此方に抜かれた孔に、埃にくすんだ白い板が陽光を採って散らしている。

 ラグナスは縁に階段を見つけた。

 ずれた巨獣の噛み合わせのように天蓋に向かって壁を廻っている。

 上にも下にも続いていた。

「やれ、こっちは下まで落ちなんだのか」

 上から少女の声がした。

 見上げてラグナスは問い返す。

「オベロンを封じたと言ったな」

 きょとんとエチカは目を寄せて、はたとラグナスに頷いて見せた。

「ああ竜か、オベロンかオッサンか呼び名は知らんが」

「危険なのか」

 重ねた問いに意表を突かれエチカは口籠った。

 敵わぬと見て言葉で妥協を探る気か。

第四階梯(ユミル)の子飼いは捨て置けぬ」

 一拍を置いて、そう答えた。

「私怨ならば返して欲しい」

 足りない言葉を問うでもなくラグナスは納得し、要求した。

 冥界(ゲヘナ)の道理ならばそれでよし。説く気がないなら答えが全てだ。

 ラグナスは賢しい問答を一切棄てた。

 エチカは思わず目を細めた。

 卑下して問うのは理屈が違うとでも言いたげだ。

 傲慢な。

「ならば、わしを捉まえられたら」

 言葉の途中でラグナスが跳んだ。エチカの影を掠め取る。

 既に少女は階下にあって、振り返るラグナスを見上げた。

「考えんでもない」

 子供の顔で笑う。

 ラグナスが追う。

 エチカが消える。

 最初の不意打ちを逃したからは、ラグナス自身にも明確な勝機はない。

 エチカの元に辿り着いても幻のように失せる。

 捷さの違いは圧倒的だ。

 広間に積まれた其処彼処、瓦礫が砕けて白い塵を吹いた。

 蹴り掻き手繰り方向を変えて、ラグナスエチカを追って跳ぶ。

 第六階梯(エチカ)の名前を受け入れたならば少女は冥界(ゲヘナ)に類する。

 だが星辰態(アストラルノード)ではない。

 実体がある。質量がある。

 ラグナスは追って走った。

 舞う瓦礫。木片、石片、白い塵埃。全てを集めてエチカの逃げる方向を読む。

 世界が大きく減速し、風が身体を絡め取る。

 水底だ。とかく重心が動かない。足底が滑って砂を蹴る。

 四肢を空気に割り込んで掻いた。奔る身体に手を伸ばす。

 疾く。

 もっと疾く。

 細い手を掴んだ。

 ラグナスを見る目が驚きに、見る見る強張り恐怖に歪んだ。

 エチカに大きく振り払われて、ラグナスの身体が撥ね跳んだ。

 速度が殺せず壁に潰れる。

 広間そのものが大きく揺れて天井が塵埃を噴き下ろした。

 エチカは自身の手を見つめ、血の気の失せた頬を上げる。

 石積みを割って呻くラグナスを見遣った。

「人の形をしておるが、何者だ」

 ラグナスは大きく息を吐いた。頭部は既に人の姿を取り戻している。

「ラグナス・フォルゴーン、混じり物でも人は人だ」

 エチカが小さく首を振る。問うているのは見目の異形ではない。

「混じっておるのは冥界(ゲヘナ)であろうが」

 苛々とエチカはそう糺した。

「再び世界を喰い滅ぼしに来たか、おまえの目的は一体何だ」

「オベロンを返して欲しい」

 また虚を突かれて口籠もり、エチカはラグナスを睨んで唸った。

 礫を払ってラグナスは立ち上がった。頸に巻いた緋布を払う。

 白く塵埃に塗れた姿は、まるで折れた様子がない。

「返さねば、どうする」

「抗う」

 ラグナスナスは答えた。

「抗って、訴える」

 エチカは見上げて息を詰め、やがて栓を抜いたかのように大きく吐き戻した。

「なるほど、人だ」

 哀れみとも痛みとも付かない苦笑を浮かべ、少女は小さく繰り返した。

「人だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ