第7話
それはまだ一〇歳にも満たない見目の少女だ。
バシュロの集落で二人にオベロンの行方を囁いた。
だが人里とは打って変わり、その声に似合わぬ口調で少女は語る。
「谷底の有り様は見たか、それのお陰で騒々しくて敵わん」
鍔の大きな帽子を突き出し、オベロンの鎧を指して口を尖らせる。
断崖の底に踏み固められた鬼獣の跡を事だろうか。
「キミがオッサンを何かしたのか、その」
ファルカが呼び名に迷って言う。
「エチカちゃん」
ラグナスさえも呆れてファルカを見返すと、少女は却って破顔した。
「ああ、うむ、だがそのオッサンはユミルの竜であろ、野放しにはできん」
聞き慣れない名にファルカがが怯む。目線でラグナスに問い掛けた。
「冥界の第四階梯かな、竜は災厄の象徴だと思う」
「オッサンがそんな大それたものの筈があるか」
エチカは否定に顔を顰め、重そうな帽子をひらひらと振って見せた。
「否、今はまだ蛹でも封じるに幽界が大揺れしおった」
動く仕草もなく消える。
「まったく面倒事ばかり来よる」
間近に現われ、エチカはオベロンの兜に鍔広帽子を押し被せた。
ファルカが慌てて飛び退る。
その手は荷から袋を引いて、解いて兜を抜き出した。
ラグナスも自身の頭陀袋を手にエチカより数歩の距離を取る。
ファルカが兜を着けるのも分かる。この怖気は本能的なものだ。
まるで無造作に消え、現れる。
動作の溜めがまるでなく、意識の先が予測できない。
「さて、ぬしらもおかしな混じり物よな」
無邪気な声が間近に聞こえラグナスが思わず飛び退る。
エチカが興味深げに頭陀袋を覗き込む。
ラグナスが腕を引くも緋色の襟巻き布だけが宙を泳いだ。
ファルカが飛び込み、手を伸ばす。
頭陀袋だけを残してエチカが消えた。
後ろに見えた影を目指し、袋を掴んだまま跳ねる。
腕に触れる刹那に身を躱し、エチカは笑みを宙に残して消えた。
惰性を無視して方向を曲げる、残像の先が捉えられない。
ファルカの兜の下は知覚が広範囲に及ぶ。肌の感覚でエチカを追った。
ラグナスは手に残った帯を頸に巻き、二人を追った。
エチカの動きに翻弄される。
捷い。捷いが実体はある。物理の作用は受けている。
ファルカの走る先、振り返る先、次の動作を読んで跳ぶ。
軌道が合うも弾かれた。
速度に勝るエチカに打たれ、ラグナスの身体が大きく撥ねる。
巨人の一撃に劣らない力だ。
足下が消えた。大きく裂けた黒い狭間の只中にいる。
ファルカが追って宙を跳んだ。
ラグナスの手を取り虚空で縺れる。
二人の身体は渓谷の只中にあった。両の断崖はには届かない。
腕を掴んだファルカが身を撓めた。咄嗟にラグナスが意図を察する。
身体を丸めて靴底を合わせた。
指の力が合図を示し、巡る方位を見定める。
勢い互いの脚を蹴り伸ばした。
風が身を裂き轟々と鳴る。
ファルカが跳んだのは峡谷の断崖。
ラグナスは遺跡の尖岳の側だ。
見る間に遠ざかる崖の縁に、覗き込んだエチカが見えた。




