第3話
再臨歴一九八二年、大陸北部
リチル=アスガード公国スーラージュ領、ヌヴィル大山、コルベル村
見渡せば白く連なる尖った稜線。
地面を舐める灰色の雲。
年季の入った轍の上を二人連れの馬騎りが行く。
一頭は痩せた早駆けの馬、もう一頭は肥えた白黒の斑毛だ。
騎手は共に見目二十代の半ば、人懐こそうな若者と端正な美丈夫だった。
エピーヌ連峰でも数える高峰、ヌヴィル大山はリチル=アスガード公国にある。
領府の統治下にあるとは云え、自治村落が点在するだけの険しい山岳だ。
教会さえも碌になく、土着の慣習も放置されている。
二人連れの訪れたコルベル村も、そのひとつだった。
先にも幾つか集落はあるが、馬はこの先道がない。
彼らは里で顔役を訪ね、暫しの滞在を願い出た。商用便の下調べが理由だ。
二人連は名をファルカ、そしてラグナスと名乗った。
コルベルは近頃往来が多い。むしろ行商も増えている。
そうした理由も相まって、余所者もそう珍しくない様子だった。
あんたらは愛想の良い方だ。
むしろ若いのにしっかりしている。
ファルカとラグナスはそう評された。
「それじゃ早速、行くとするかな」
空いた小屋を宿に借りると、ファルカはラグナスを促した。
麓で揃えた食材袋をラグナスに担がせ、共同調理場に向かって歩いて行く。
集う女衆を見て取るや、やあ姐さん方、とファルカは気軽に声を掛けた。
「麓の根菜があるんだが、ここいらじゃどうするのが旨いかな」
するりと入って話の輪に加わる。
茫然とするラグナスを呼んで、ファルカは荷袋を寄越せと手を振った。
食材の交換、料理の手伝い。ラグナスは方々に呼ばれて回る。
気付けば料理の手習い役まで熟していた。
「麓で聞いたんだがね、大きな帽子の変な男が山から降りて来ないらしい」
ファルカはさり気に話材を混ぜ込み、ラグナスに片目を閉じて寄越した。
ラグナスはそっと息を吐く。
何故か自分の周りの者は社交性がやたらに高い。
それとも自分が拙いだけだろうか。
日暮れて小屋に戻る頃、ファルカは辺りの事情通になっていた。
一方のラグナスといえば、貰った食材が袋に収まらず両手に抱えている。
持ってお行きと次々に渡され、どうしたものかと途方に暮れた。
「適材適所ってやつだ」
目論見通りと言わんばかりにファルカはラグナスに目を細くした。
そも二人が遥かヌヴィル大山に至るには、かなりの紆余曲折があった。
「拳の通じない相手はキツイ」
古戦場跡の後、二人は互いの不利を知った。
ファルカの言葉がこの旅の端的な目的だ。
死霊の類は物理に滅せず、時にラグナスを惑わせる。
在する隠世を星辰界。
常世の双界を跨ぐそれらを星辰態と云う。
その接点と思しき物はラグナスもよく知っていた。冥界ノ門だ。
「そういや、あのオッサンも追っていたな」
ファルカの思い至ったオッサンこそがオベロンだ。
ファルカは長らくオベロンと共にいて、その為人を知っている。
引き込むならば遠慮の要らない相手だ。
何より星辰態に関しては当人に頼るのが手っ取り早い。
ファルカの覚えている限りエルサルドールに向かったのが最後だ。
幾年も前の事ではあるが。
オベロンは魔術師ミリア・フィストレーズを追っていた。
その後の経緯を知らないままに、二人はエルサルドールに彼女を訪ねた。
ファルカ持ち前の勢いだ。
待っていたのは思わぬ偶然と因縁だった。
二人は新たな目的を得た。行方知れずのオベロン捜索だ。
それを目的に至ったのが大陸北部のヌヴィル大山だった。
エルサルドール公国からはエピーヌ連峰を跨いだ反対側に位置していた。




