第2話
再臨歴一九八二年、大陸東部
シュタインバルト公国フォルゴーン宗主領
後に届いた知らせに拠る。
シュタインバルトを出たオベロンは、エピーヌ連峰の裾野を辿った。
鬼獣整備のない民間路だが彼には気儘な道行きだろう。
その行程で三月ほどだ。
傍目の危険を無視すれば、オベロンの旅程は順調だった。
リチル=アスガードのスーラージュ領まで、年も越さずに到達している。
大陸北部の中央だ。
エピーヌ連峰に押し込まれ、国土の大半は不毛の山野が占めている。
その実、北岸航路の中継地として海辺の栄える国だ。
とはいえオベロンの目的は山の側にある。
ヌヴィル大山を中心としたエピーヌ連峰の裾の位置だ。
公国南部のスーラージュ領は、国内最大の面積と最小の人口を有している。
領府の体裁こそあれど、集落の寄合いと云うのが実情だ。
オベロンが至った折りは冬場の終りで、彼は足止めを余儀なくされた。
その際、彼は地図を購入している。
ヌヴィル大山を往く為だ。
鬼獣の縄張りを縫い繋げた山間集落は道筋が複雑に入り組んでいる。
禁足指定の以前には平易な路もあったらしいが、今となっては分からない。
馬車の往来の可能な山路はコルベルと云う名の里が終端になる。
集落は先にも幾つかあるが、道が険しく徒の筈だ。
オベロンが何処を訪れたのか、詳しい知らせは届いていない。
そもオベロンの出立は、出所不明の伝承が切っ掛けだった。
仕事のついでに拾った話で、余録と云うのも大袈裟なほど。
ヌヴィル大山一帯の俗伝、歳を取らない少女の逸話だ。
よくある話と云えば、よくある話だった。
オベロンの当時はタチアナ・オーベルの庇護下にあった。
シュタインバルト領府主席の資産家だ。
今は政務を退いた身だが、オベロンはそれなりに重宝されていた。
否、存分に扱き使われていた。
さらには彼女の庇護下の少女が、無暗に怪しい調査にオベロンを起用した。
それが輪を掛け、たちが悪い。
確かに適任ではあるが、オベロンにさえ危険な仕事だ。
激務に耐え兼ね逃げ出した。
ヌヴィル大山への遠征は、そうとも言い換えられるだろう。
申し出たのはオベロンだ。
拾った俗伝が琴線に触れた。たったそれだけが理由だった。
聞き流されると当人も覚悟をしたが、許可が出た。
勿論、条件が付いての事だ。
遺跡の調査が紐づいていた。
ヌヴィル大山の土地柄で遺跡の記録は履歴が古い。その更新が条件だ。
山岳遺跡は珍しない。須らくは異端の禁足地だ。全てに教会が噛んでいる。
ただリチル=アスガードは教会が緩い。教区の楔も小屋ひとつだ。
教会嫌いのオベロンにとっては気楽な部類の仕事に思えた。
度を越えた激務に麻痺すれば、僅かな加減もそう見える。
皆の気が変わらぬ内に、とオベロンは早々にシュタインバルトを出た。
よほど気を緩めていたのだろう。
オベロンの道々の報告は旅行記めいた軽薄な調子で綴られている。
そうしたオベロンの顛末は知人の話の種にもなった。
タチアナの庇護下にあるマリエル・ルミナフが、叔母と交わした手紙の記述だ。
オベロンとは縁のある間柄で、遠くエルサルドールにその文は行った。
彼女が近況に混えて知らせたのは、彼の出立と後の筆不精についてだ。
旅行記めいた軽薄な報告は定期どころか間延びする一方。
遂にはヌヴィル大山のコルベル村で途切れてしまったと云う。
そうした経緯があったのが再臨歴一九八〇年、今より二年の前になる。
以降の連絡は未だなかった。




