第1話
再臨歴一九八〇年、大陸北部
リチル=アスガード公国スーラージュ領、ヌヴィル大山
見渡す限りの黒と白。
ぽつりぽつりとくすんだ緑。
砂礫に這え立つ大岩の隙間は延々と空を向いている。
オベロンは自称、都会派だ。
氷の鑢にささくれ立った、尖った隘路は馴染みがない。
凍った雪の坂道は、うっかり踏むめば空回る。黒く鋭い小石を撒いた。
これが只の人の身ならば骨まで摺り下ろされている。
しかも数歩の横手には、すっぽり地面が抜けていた。
遥かに切り立つ断崖は、覗き見だけで吸い落とされそうだ。
子供の話を真に受けたのは、やはり早計だっただろうか。
もっと平易な路もあったのでは、とオベロンは滅入る。
否、むしろどこにも路がない。
隣に誰かいたならば、これ見よがしに溜息めいた擬音を吹いているところだ。
勿論オベロンに身体的な疲弊はない。
疲れも痛みは縁遠く、筋肉痛などない身の上だ。
とは云え多少の面倒もあった。
声袋が凍れば無口になるし、関節が詰まれば棒立ちにもなる。
いっそ義体を置いて来れたら。
物理に頼る予感がなければ、きっとそうしていただろう。
轟々と鳴る風に身を屈め、オベロンは岩壁を這い進む。
道なき隘路を延々と登る。
空を突き刺す尖岳を見上げ、大岩の縁を回り込んだ。
視界が開けた。
崩れた庇と幾本もの柱。先に半ば崩れた遺構の入口が窺える。
手前に迎えが、ひとりいた。
「やれ、ようやく来やったか」
佇む人影に目を遣って、オベロンは小さく溜息めいた音を鳴らした。




