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仮面ノ騎士  作者: marvin
プロローグ
1/7

前編

闇より黒き亡霊の如く

禍迫りて蝕み喰らう

其は、蝕禍

御代を堕としむ地獄の群

(『古語訳聖典』 旧詩篇十六章七節)

 再臨歴一九九九年、大陸南部

 ランズクレスト公国内海、ミトス群島


 原野の森に闇が降る。

 淀んだ夜のひと隅に稀有な人の燈があった。

 樹々を割る大岩は鉄の馬車だ。

 一団は、それを背に拓いて焚火を囲む。

 ひとりは寝ている。

 硬い樹の根を枕にしていた。

 厚い外套の上ほどに鍔広帽子を伏せている。

 怠惰に寝転ぶその形は潰れた酔人のようだ。

 ただ胸は、まるで吸気の上下がない。

 在るのは微かな排蒸気の音だ。

 呼吸かどうかも、そら怪しい。

 不意にのそりと身動ぐや、文句を言った。

「どうして巧くならないのかな」

 音色は調子が外れていた。

 虫の音さえも掻き消している。

「知らないの? オベロン」

 十六、七の少年だ。

 美貌、と呼んで差し支えない。

 見目に眩しい朱い六弦琴を爪弾いている。

「音はね、ひとつも同じじゃないんだよ」

 鍔広帽子の間近に寄って、なお弦を掻く。

 調子外れにもほどがあった。

「ダリル、大方ラグナスの入れ知恵だろうが君のそれは雑音だ」

 嫌味を投げてもダリルの笑顔は曇らない。

 はあ、と言葉で吐息を漏らした。

 諦め、オベロンが帽子を掛け直す。

 覗いたのは、のっぺりとした鉄の面だった。

「よいではないか」

 少女が脇から口を挟んだ。

 外見は、まだ一〇にも至らない。

 相応の笑顔に不相応な口調。

 衣は街の装いだ。

 髪も丁寧に切り揃えている。

 いずれ、この原野には浮いていた。

 全てに於いて、歪んでいる。

「どれ、わしも歌ってやろうか」

「エチカ」

 慌てて止める。

 オベロンが跳ね起き、ダリルと声を揃えた。

「賑やかでいいじゃない、ねえ」

 焚き木を挿んだ炎の向かい、妖艶と純麗を人型に抜いた女が二人いる。

 ひとりは黒髪、褐色の肌、朱の差す革の鎧に四肢と身体を締めている。

 見目に二〇に届かぬ彼女は、炎の返照になお黒く滲んで見えた。

「ラピス、あたしらも歌ってみる?」

 からりと婀娜のある黄金の眼で笑う。

「ザビーネ」

 彼女の名を呼び咎めたひとりは十四、五ほどの見目形の少女だ。

 銀の髪に白い肌。幽世も見通す碧い双眸を細めてザビーネを見遣る。

「歌より料理を覚えたら?」

 呆れたようにそう諭し、ラピスは膝に目線を落とした。

 そこにあるのは黒く不気味な鉄兜だ。

 火明かりに手入れを続けている。

 髑髏にも似たその面の奥、眼穴に伏せた朱い覆いが焚火に暗く燃えていた。

「ラピスも頼り切りの癖に」

 ザビーネが笑ってラピスの頬を突く。ふと指を止め、碧い眼を覗き込んだ。

「今日は当番じゃなかったっけ」

「不評だから代わってあげたの」

 目と目を合わせて押し黙る。

 ザビーネは耳元まで裂けた笑顔になった。

「あー、まあ、ね」

 言いたい事があるならどうぞ。

 ラピスが睨んで口を尖らせる。

「でも知ってる? ファルカの隠し味ってさ」

 ザビーネは言い掛けて口籠り、思わせぶりに宙に視線を彷徨わせた。

「やめとこう」

 ふふん、と笑ってラピスに身を擦り寄せる。

 背に蹲る白い寝椅子に手を伸ばし、銀の毛並みを抱えるように擽った。

 それは仔馬ほどの狼だ。

 細く淫靡な指先でザビーネが狼の耳を弄ぶ。

 膝の兜に眼を向けつつも、ラピスは心地よさげな背の唸りに少し拗ねた。

「それよりさあ」

 ザビーネがむくれて息を吐く。背中の鉄馬車を苛立たし気に睨んだ。

「花嫁二人を放ったらかして、あいつは何処に行ったのよ」

 ラピスの碧い眼が空を仰いだ。

 焚き木に朱く縁取られた先に星空を覗く。

「もうすぐ帰って来る」

 ラピスは言って目を細めザビーネに囁いた。

「でも、当番は私」

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