神の神甲
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十一界体制の最下層には、三つの世界が存在する。そこは支配と圧政に苦しむ地であった。
アエルシアの上にある第十世界――《モリガイア》。
森林に覆われ、エルフや妖精、ユニコーンの民が暮らす世界。だが現在は、第六世界と第七世界の侵略者によって支配されている。
さらにその上、第九世界――《ギガントリア》。
そこはノームやドワーフ、洞窟に住む民の世界。第五世界の支配下にあり、神聖な鉱石や資源を狙われていた。
この三つの世界の反乱軍を陰で支援している組織がある。
――《評議会》。
評議会について知られていることは少ない。ただ、彼らは《至高王》に対抗するために結成されたと伝えられている。
だが、神に最も近い存在となった至高王に抗う力は持ち得なかった。
それでも時折、《白鷲の翼》のような反乱軍に情報や手段を与え、侵略者への抵抗を助けている。
白鷲の翼の中には噂もあった。ヤオメイがシンズワン市を奪還できたのも評議会の支援があったからだと。
アシュリエルの第三分隊から第二分隊への転属も、評議会が取り計らったと言われていた。
――数日前。アシュリエル転属の前。
オルザマー帝国の南西、かつて繁栄を誇った都市セシルタスの跡地。
その街は至高王の軍と上位世界からの侵略により滅び、廃墟と化していた。
その廃墟の地下こそ、アエルシアにおける評議会の秘密拠点である。
その日、アシュリエルは評議会に呼び出された。
広間に並ぶ高位の者たちは、透過しない硝子の奥に身を隠していた。
「レヴ、彼女を連れてきたか」
奥の部屋から低い声が響く。男の声だった。
「はい、シロ卿。お連れしました」
応じたのはアシュリエルより年上の青年――レヴ。
彼は評議会の目であり耳だった。上位の者たちが直接動けぬ任務を、彼が代理で遂行する。
体格は平凡だが、鋭い蒼の瞳と短い黒髪が印象的だった。
「娘よ、名を名乗れ」
シロの声は威厳を帯びていた。姿はなくとも、その存在感は圧倒的だった。
「……アシュリエル。《白鷲の翼》第三分隊所属」
銀髪の少女は答える。
「アエルシアを解放したいと望んでいるそうだな?」
硝子の向こうの女が問いかける。
「はい。この世界の人々はあまりに苦しみすぎました。手遅れになる前に、救いたいのです」
「任務を与える」
シロの声が低く響いた。
「《聖なる宝》のことを聞いたことがあるか?」
「……!」
アシュリエルは一瞬だけ表情を崩したが、すぐに整えた。
「……いいえ。存じません」
シロは静かに彼女を観察した。
「各世界にはそれぞれ《聖なる宝》が眠っている。それこそが世界に命を与える源だ」
アシュリエルはすでに知っていた。だが無知を装った。
「至高王が全世界を征服し、《十一界体制》を築けたのも、第一世界の聖なる宝があったからだ。百年前、彼はその力をもとに《ザーダン》を生み出し、すべてを支配した」
シロは続ける。
「第十一世界アエルシアにも、宝は存在する。我々はそれが《アウリアム鉱山》に隠されていると睨んでいる。いまは第八世界の侵略者が占拠しているがな」
「……私に何を?」アシュリエルが問い返す。
「第二分隊への転属を手配する。彼らは鉱山へ潜入し、敵勢の調査と奴隷解放を目指している」
「その任務の中で、聖なる宝についての情報を探り出せ。詳細までは不要だ。どのような宝であるか判明すれば十分だ。成功すれば、我々は白鷲の翼にザーダンを供与し、反乱を支援しよう」
「……わかりました。受け入れます」
硝子越しの光が次々に消えていく。
ただ一人だけが残り、姿を現した。
蒼い髪を編み、氷のように白い肌を持つ女――ルザリ。
戦装束に身を包み、胸下で留められたベルトには、三叉槍を構える人魚の紋章が刻まれていた。
「お久しぶりです、アシュリエル様」
女は跪いた。
「……ルザリ。やはりいたのね」
「彼らはあなたの正体を知らぬ。あなたこそ評議会の創設者だというのに」
彼女は肩をすくめ、微笑んだ。
「セラフィエル姉様の様子は?」アシュリエルの声に不安が混じる。
「第四世界の医術で、死は免れました。ですが臓器が限界にあり、いまは冷凍睡眠で保存されています」
ルザリの笑みは消え、真剣な色に変わる。
「敵の本拠地へ行くのは危険です。代わりを――」
言葉を遮るように、アシュリエルは彼女を抱きしめた。
ルザリの頬が赤らんだ。
「ありがとう。でも、行くわ。聖なる宝はすでに六つ失われた。もし一つでも彼の手に渡れば、抵抗は終わる。……誰にも奪わせない」
「……そこまで決意しているなら、止められません」
ルザリは頷いた。
「必ず成功する。だから姉様を頼むわ」
「お任せください」
ルザリは立ち去った。
アシュリエルは静かにレヴへと視線を向けた。
「推薦してくれてありがとう。この任務で、私の目標に近づける」
「僭越ながら……どうか、この世界を救ってください。……アシュリエル王女」
レヴは膝をついた。
「我が名に誓う――アシュリエル・S・アンジェリアスは、この世界を救う」
その日、彼女は第二分隊への転属準備に入った。
潜入は成功したが、幾つかの誤算があった。
それは未熟な失敗なのか、それとも予測不能な運命の歪みなのか――。
現在――アウリアム鉱山 奴隷棟・アシュリエルの牢
「隠しているのは何!?」
サリルが叫んだ。彼女は床に押さえ込まれていた。
「……」
アシュリエルは無言で腕を捻り上げ、少女を見下ろす。
「聖なる宝って何? どうして評議会はそれを探しているの!?」
信じ始めていた隊長への信頼が崩れかけていた。
やがてアシュリエルは彼女を解放し、石の寝台に静かに腰を下ろした。
「記憶力の鋭さは変わらないわね」
「話を逸らさないで! あなた、本当にアエルシアの人間なの?」
サリルの瞳は鋭く光った。
アシュリエルは動じない。サリルなど容易に制圧できる。
だが彼女は落ち着いた声で口を開いた。
「聖なる宝とは、この世界の奥深くに眠る遺産よ。十一の世界にはそれぞれ五つの宝がある。旧世界の人々が残したもの。……私は、それが至高王の手に渡るのを阻止するために動いている」
「旧世界……?」サリルは困惑の表情を浮かべる。
「理解できなくても構わない。第八世界はアエルシアの宝を奪い、至高王に献上するつもり。自分たちの序列を上げるためにね」
「……じゃあ噂は本当だったの? 聖なる宝が実在するなんて……ただのおとぎ話だと思ってた」
サリルの声が震える。
「おとぎ話は古代の知を残すためのもの。……宝さえ手に入れれば、この世界を救えるかもしれない」
そのとき、外から足音が響いた。数人の将校が牢の前に立つ。
「やっと来たわね」アシュリエルが呟く。
「残るのなら、一緒に戦うしかない。戦えるのよね?」
「舐めないで」
サリルは指先に短刀を生み出し、構えた。
アシュリエルはわずかに微笑む。
先頭の将校が声を発した。
「アルゴン・コヤズ隊長がお呼びだ。大人しく従え」
彼らの後ろには鎖に繋がれた青年がいた。
「よう!」
エリアンが不敵に笑った。
視界に入っただけで、アシュリエルの苛立ちが募る。
奴隷棟を抜け、北部兵舎へと連行される途中、彼女は問う。
「……怖くないの? 何をされるか分からないのに」
「怖い? そんなわけない。俺は強いからな。お前も知ってるだろ」
エリアンは自信満々に答えた。
アシュリエルはため息をつき、口を閉ざした。
北部兵舎 大広間・アルゴンの執務室
広間は冷たい石に覆われ、青白い水晶がかすかに燃えていた。
中央には一冊の黒き書が開かれ、アルゴン・コヤズが立っていた。
彼の声は説教のように響いた。
「かつて第十一世界は存在しなかった。空に散らばる断片もなかった。世界は一つであった」
彼は天井を仰ぎ、そこに刻まれた十一の球体を指さす。
「我らの祖先は天をも穿つ塔を建て、月にまで到達した。神に匹敵する知を手にし、この地と空を支配した。だが――欲望は尽きぬ」
声が鋭さを増す。
「彼らは《神甲》を創り出した。人の意思を宿し、神の力を纏う巨兵。その神甲に入った者は人を超え、空を裂き、海を焼く存在となった!」
アルゴンの目は狂気に輝いていた。
「神甲と神甲がぶつかるとき、天は裂け、大地は割れ、海は蒸発した。――その戦いこそが《終焉の日》だ」
「何を言ってるのよ?」サリルが呟く。アルゴンは地図を指差した。
そこに描かれていたのは――砕けた一つの惑星。
「今の十一界は創造ではない。人の欲望が生んだ《崩壊》の残骸だ」
彼は笑みを浮かべた。
「至高王は旧世界の真実を知り、《神甲》を手にした。その力で神となったのだ」
エリアンが鎖を鳴らし怒鳴る。
「神だの神甲だの! だからって侵略や奴隷に何の関係がある!?」
アルゴンは狂気の笑いを響かせる。
「まだ分からんのか? このアエルシアにも神甲が眠っている! それを手に入れ、俺はアエルシアと我が世界の神となる!」
「……見つけたのだ。鍵を」
彼の声が低く落ちた。視線はエリアンに向けられる。
「……鍵?」エリアンは目を細める。
「――ダンザ」
アルゴンが呼ぶと、黒衣の男が現れた。
「……お前!」アシュリエルの瞳が憎悪に燃える。
ダンザは指を鳴らした。衝撃が広間を包み、エリアンとサリルは崩れ落ちる。
だがアシュリエルだけは密かに魔力を重ね、意識を保ちながら倒れるふりをした。
「奴らを《ブラックシャフト》に落とせ。あの赤髪が生き延びるならば……神甲を目覚めさせる鍵であると証明できる」
アルゴンは囁いた。
『……あの少年が神甲と関わりを?』
アシュリエルは目を閉じたまま思考する。
「だが、なぜ白鷲の翼の潜入者まで連れてきた?」ダンザが問う。
「公開処刑は趣味じゃない。ブラックシャフトの怪物に殺されれば同じことだ。……それに、試すには足枷も必要でな」
アルゴンは去っていった。
ダンザは独り微笑んだ。
「……真の敵を知らぬとは。アシュリエル様こそ評議会を築いた方だというのに」
そして冷ややかに続ける。
「私はただの《監視者》にすぎない。契約は王への支援のみ……知を明かす義務も、命を奪う義務もない」
男の姿は空気に溶けるように消えた。
「……だがもしあの少年が神甲と《解放者》に繋がる存在ならば――計画を改めねばならんな」
皆さん、こんにちは。
ここ数日間、更新が止まってしまい申し訳ありませんでした。実は体調を崩してしまい、数日間入院しておりました。長い休載ではありませんが、しっかりと休養を取る必要がありました。
現在は体調も回復し、執筆活動に戻ることができました!今後は、物語を複数のパートに分けるのではなく、1話をまとめて一括で投稿する形式に変更します。この方法の方が自分にとって無理がなく、より安定したペースで執筆を続けられると感じています。
これからも温かい応援をよろしくお願いします。次の章も間もなく公開予定ですので、どうぞお楽しみに!




