一時的に組む
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Part : 1
一日前。
アウリアム鉱山の奥に、二人の監督官しか配置されていない区画があった。
――奴隷棟第二十一区。
そこは、アシュリエル、サリル、エゼルが落ち合うには最適の場所だった。
サリルはすでに見張りを眠らせていた。
彼女の得意とする睡眠針。
細い針のような矢を、奴隷服の裏地に縫い込んだ隠しポケットから取り出す。
「エゼル、司令官チャールズへの報告は済ませた?」
アシュリエルが問う。
新兵の少年は、こくりと頷いた。
「はい。現在、八界の将校たちは……アウリアム鉱山にザーダン六機を持ち込んでいます」
ザーダン。
至高王の征服によって生み出された巨大な戦闘機兵。
その覇道を支えた、侵略の象徴。
第一界より下の世界は、それを真似て独自のザーダンを造り出し、他界を脅かし、侵略した。
世界の進歩は、技術と――ザーダンで測られる。
アエルシアには、どちらもなかった。
反乱軍《白鷲の翼》が集めたのは、侵略者の技術の残骸にすぎない。
自前のザーダンを持たぬ彼らの作戦は、必然的に影の活動となった。
「つまり、奴らが展開すれば、正面衝突は不可能ってことね」
サリルが肩をすくめる。いつもの嘲笑を浮かべながら。
「ラヴィウス隊長と班が対策を進めています。幸い、持ち込まれたのは旧式です」
エゼルが答える。
サリルの視線がアシュリエルへと向く。
刃のように鋭い双眸。
「……遅いわよ。潜入して二週間。ズカードに接触して一週間。それでもまだ謁見できないなんて」
語気は鋭く、遠慮がない。
「……明日こそ、必ず成功させる」
短い沈黙の後、アシュリエルは答えた。
サリルはため息をつく。
遅れはアシュリエルのせいではないと分かっていた。
彼女たちが予想しなかった外部の要因が原因。
「……あの男。やっぱり厄介ね。いっそ処分してやろうか?」
指を鳴らすと、針が彼女の指の間に現れる。
刺客のように冷たい目。
「司令官は許さないだろう」
エゼルが即座に割って入った。
サリルは笑みを浮かべ、針を消す。
「冗談よ。うちの隊長なら、任務をやり遂げられるわよね? ねえ、アシュリエル隊長?」
冗談――そう言ったが、二人とも信じてはいなかった。
アシュリエルの目が鋭くなる。
こうした“外的要素”は、潜入任務では避けられない。
『サリルの言うとおりだ……私は任務を遅らせている。明日こそ……ズカードを焚きつけなければ』
その好機は、すぐに訪れた。
潜入は成功。
だが――一つだけ、計算外の存在がいた。
「……やっぱり、あの男を処分しておくべきだった」
サリルの視線の先。
赤髪の奴隷――エリアンが、東側後方の兵舎を守る四人の監督官を次々と倒していた。
「このままじゃ、アシュリエル隊長は文書を奪っても……生きて出られない」
サリルは親指の爪を噛む。
彼が《白鷲の翼》の作戦など知るはずもなく、ただ目の前の敵と戦っていた。
地に落ちていた銃を拾い、狙いを定めて引き金を引く。
三人の肩を撃ち抜く。
槍の突きをかわし、脚を斬り裂き、銃を投げつけて剣を構えた兵の顔面を打ち抜く。
そのまま踏み込み、剣を奪って昏倒させた。
「……妙な剣だ。軽すぎる」
異世界の武器を手に、エリアンは小さく呟く。
銃を構える監督官たち。
「奴隷の分際で……我らに逆らうか!」
誰も答えない。
エリアンは剣を横に下げ、体を沈める。
「アエルシアの剣術を知らんか……。俺たちは機械などに頼らず、何年も鍛え上げてきた」
冷たい声。
刃に力が集まる。気が刀身を走る。
「七華蓮剣流――一ノ型」
低く呟いた瞬間、銃声が一斉に鳴り響いた。
「――烈風嵐」
剣が閃く。無数の風刃が弾丸を切り裂き、収束して嵐となる。
自然の暴風には及ばぬ。
だが兵を吹き飛ばすには十分だった。
視線を落とす。
刃は震え、力に耐えきれず鈍っていた。
「何者……なの……」
サリルの目が見開かれる。
エリアンは兵舎へ進む。
彼女が影から見守っていることを知らずに。
サリルの横に、エゼルが駆けつける。
今日は鉱山での最終日。二人はアシュリエルの帰りを待っていた。
「隊長は?」
「潜入は成功よ、でも……」
サリルは兵舎を顎で示す。
十数人の獣人監督官が、地に転がっていた。
「奴隷……だと?」
エゼルの声は驚愕に染まる。
「……これまで帝国が売り払った奴隷、ちゃんと調べておくべきだった」
いつになく、サリルの声は沈んでいた。
いつもの嘲笑は消えている。
轟音が鉱山に響き渡る。
地面が揺れ、奴隷たちが怯えて顔を出す。
エリアンは迫る気配を感じ、後方へ跳躍した。
直後、銃弾が地を抉る。
「蛮族奴隷め……ここまでだ!」
遠方から声が響く。
見上げると――
二機の巨兵が迫ってきていた。
ザーダン。
八界から持ち込まれた、鋼と聖鉱でできた戦機。
巨大な銃と大剣を備え、その頭部は獣のような犬面。
「これが……ザーダンか」
エリアンはこれまで人と獣しか斬ってこなかった。
こんな兵器は初めて。
だが、臆することなく駆け出す。
左の機体が狙いを定め、銃口を放つ。
紙一重で弾丸をかわす。
だが次々と連射が来る。
『……この剣じゃ戦えない』
銃を拾い撃つ。
しかし弾丸は弾かれる。
『他界の技術……帝国が屈服した理由が分かる。王族には抗えぬと知っていたんだ』
彼の目は兵舎へ。
突進。
刃を振るい、銃弾をかわす。
距離十メートルを切った。
「七華蓮剣流――一ノ型」
「――烈風嵐!」
風刃が走る。
隙を突いて二機の間を駆け抜ける。
だが左の機体が大剣を振り下ろした。
嵐を易々と打ち払い、衝撃だけでエリアンを吹き飛ばす。
血を吐き、空中で体勢を捻る。
その勢いを利用し、兵舎の門を突破した。
ザーダンの操縦士たちは冷ややかに見送る。
「どれだけ抗おうが、結果は同じだ」
「今日、ズカード様は女を所望された……あの御方が獣性に堕ちているのなら――あの男が生きて出られるはずがない」
Part : 2
反乱軍《白鷲の翼》第二分隊本部。
アシュリエルたちがアウリアム鉱山へ潜入する前日。
――最後の作戦会議、朝。
会議室には全員が揃っていた。
長机の先頭に立つのは司令官チャールズ。
その鋭い眼差しが、作戦に参加する隊長たちを一人ひとり見渡す。
「今回の任務は偵察だ。それ以上でも、それ以下でもない」
低く切り裂くような声が室内を走る。
「もし何かがおかしくなったら――予想外の要因で作戦が崩れそうになったら、即座に放棄しろ。ためらうな」
厳しい声。
チャールズは続けた。
「敵に気づかれることなく撤退し、本部へ戻れ」
アシュリエル、サリル、エゼルは力強く頷いた。
その言葉が、今も彼らの頭の中に響いていた。
――現在。アウリアム鉱山。
地面が揺れる。
二機のザーダンが戦場へ足を踏み入れた。
その重い足音は戦鼓のように響いた。
「……この任務は失敗だ」
エゼルの顔は蒼白だった。
「もう進めない。ザーダンが出てきた上に、あの奴隷の騒ぎだ……将校たちは警戒を強める。ここにいれば、いずれ露見する」
サリルの視線が鋭く突き刺さる。
「……で、あんたの判断は?」
「司令官の命令どおりだ。本部へ戻る」
揺るがない声音。
「……つまり、アシュリエル隊長を見捨てるってこと?」
一瞬、沈黙が続く。
そしてエゼルは、自分を奮い立たせるように言った。
「……ああ。兵舎から生きて連れ出す方法なんてない」
サリルの口元が歪む。
嘲笑と苦々しい笑みが混じったように。
「正直、外部から来た子が私の上に立つのは気に食わなかったわ」
腕を抱きしめるように組み、衝動を抑える。
「でもこの二週間……見てきた。あの子は任務を諦めるような人じゃない。私が何を言っても、目標を見据えて動き続けてた」
視線が鋭さを増す。
「私は残る。奴隷の一人として鉱山に潜伏する。アシュリエル隊長が二日以内に戻らなければ――その時は撤退する」
エゼルは視線を逸らした。
彼女の真っ直ぐな瞳を見返すことができなかった。
初めての任務。
「失敗」と簡単に刻まれるのは、どうしても嫌だった。
「……二日。それ以上は駄目だ」
二人は同時に顔を上げ、兵舎を見据えた。
――兵舎内部。
重苦しい静寂。
床には獣人将校たちが倒れ伏していた。
乱雑な打ち倒し方ではない。
一切の無駄がない。
音すら立てずに仕留めたような、そんな痕跡。
エリアンは足を踏み入れ、目を細めた。
『……あれは女の仕業か? 何者だ。こいつらを倒せるなら……ただのか弱い娘じゃない』
銃声が響いた。
上の階から。
彼は階段へ駆け上がる。
――一階の廊下。
散乱する書類。
その中央に、白銀の髪の少女が立っていた。
手には倒した将校の剣。
銃弾をかわし、その剣を槍のように投げる。
将校たちが避けた瞬間、彼女は一気に詰め寄り、武術家のような素早い体術で次々と叩き伏せた。
エリアンは立ち止まり、見入った。
無駄のない、一撃ごとの正確さ。
「……お前は誰だ?」
階段から将校を殴り倒しながら問いかける。
アシュリエルの瞳が鋭く彼を射抜いた。
「それはこっちの台詞。あんたこそ誰? なぜここに? 外では何が起きてる?」
答えを交わす暇もなかった。
廊下の両端から新たな将校たちが雪崩れ込んできた。
二人は無言のまま背中を合わせる。
言葉はない。
本能だけが二人を導いた。
エリアンの借り物の剣が銃を構える腕を切り裂く。
アシュリエルの体術が敵を次々と地へ沈めていく。
一歩一歩。
一撃ごとに数を減らしていく。
だが――
廊下全体が揺れた。
将校たちが凍り付く。
威勢は、恐怖に塗り替えられていた。
「……まさか……あいつが……」
恐怖に震える声。
階段口に現れたのは、巨躯の獣。
ズカード。
頭を傾け、鼻を鳴らし、血の匂いを楽しむように吸い込む。
その身から溢れる殺気は獣そのもの。
瞳は完全に野性へと堕ちていた。
「……女」
獣のような声が漏れた。
次の瞬間、彼は一人の将校の頭を片手で掴み――潰した。
骨が砕け、血が飛び散り、残骸が床に転がる。
絶叫が廊下を満たした。
そしてズカードは獲物を狩る獣のように跳躍。
狙いはアシュリエル。
「――!」
避ける暇もなかった。
だが、エリアンが先に動いた。
身を低くして彼女を抱き寄せ、巨躯の爪撃を紙一重でかわす。
アシュリエルの瞳が驚きに見開かれる。
「……助かった」
エリアンは彼女を見もせず、ズカードから目を逸らさなかった。
「お前が何者で、ここで何をしようとしていたのかは知らない。
だが、生き延びたいなら――今ここで組むしかない。
戦えるんだろ?」
一瞬の沈黙。
アシュリエルは頷いた。
「いいわ。足を引っ張らないでよ」
その言葉に、エリアンの口元が僅かに笑みに歪む。
彼女はまだ自分を侮っている。
「……俺はエリアンだ」
足元の将校から大剣を拾い上げ、構える。
アシュリエルは落ちていた銃を拾い、弾を込める。
「私はアシュリエル」
二人は並び立ち、狂獣と化した獣人隊長を睨み据えた。
荒い息遣い。
静かな足運び。
次の瞬間を待ちながら――廊下は緊張に包まれていた。
更新が大変遅くなってしまい、申し訳ありません。
実家に帰省していたことや、私生活が慌ただしくなっていたこともあり、執筆の時間を思うように取れませんでした。
それでも待ってくださっていた方々に心から感謝しています。
今後もできる限り続けていきますので、どうぞよろしくお願いします。