(埋まる部屋)
次の部屋に入ったとたん、空気が変わった。
埃の匂いに混じって、濡れた土のにおいが立ち込めている。
湿った地下室のような冷たさが、背中から皮膚に染み込んできた。
部屋の中央には、大きな穴があった。
まるで何かを埋めたあと、あるいは掘り起こしたあとのような。
床の木材が割れて、四角い枠のように地面が剥き出しになっている。
穴の周囲には、水たまりができていた。
地下水か、それとも誰かが撒いたのか。
とにかく、その水は濁っていて、底が見えない。
俺は何も触れないようにして、壁際に目をやった。
壁一面に、同じサイズの写真が何枚も貼られていた。
すべて白黒で、同じ男の子が写っている。
笑っていたり、寝ていたり、泣いていたり。
けれど、どの写真にも共通して、必ず写っているものがあった。
足元の水。
どの写真にも、かすかに、足元が濡れている。
じっと見ていると、水だけが時間とともに動いているように見えた。
今撮ったばかりのように。
俺は写真の中のある一枚に手を伸ばした。
引き剥がそうとすると、紙がびしょびしょに濡れていた。
水が染みてきている。壁から、水が流れている。
ゆっくりと、部屋が濡れていく。
床からも、壁からも。
水音が四方から聞こえる。ぽたぽたと、絶え間なく。
そして、部屋の隅に置かれていた棚の裏から、何かが浮かび上がってきた。
小さな手。
水に濡れた手が、棚の影から、じわりとこちらに伸びてきていた。
俺は後ずさり、扉に手をかける。だが、もう開かない。
部屋の水位が、わずかに上がっている。足首が冷たい。
何かを埋めたはずの部屋だった。
だが今は、何かが浮かび上がろうとしている部屋だった。