第八話 明けぬ夜
――そこは、昼でも夜でもなかった。
星の箱庭。
その名の通り、空そのものが閉じ込められたような場所だった。
地面は透き通ったガラスのように光を映し、
空には永遠に沈まぬ星が瞬いている。
風はなく、時も流れない。
ただそこにあるのは、願いと記憶の“かけら”たちだけ。
ソルは、ゆっくりと歩みを進めた。
聞こえてくるのは、微かに誰かが歌う声。
♪ ひとつ、ふたつ、また消えて
誰かの夢が 星になる
会えぬと知って なお願う
それが恋と 知った夜
その歌を、彼は知っていた。
「……ヨゾラ」
声を呼んだとき、星の木の根元に少女がいた。
白い服に身を包み、足元に咲く“サリアの花”をそっと撫でている。
「……ソル……?」
ヨゾラが、こちらを見上げた。
その瞳には驚きと――涙の光。
ふたりは、言葉もなく駆け寄った。
そして、抱き合った。
今度はためらわず。
迷いもなく。
この場所では、もう誰にも邪魔されない。
時間さえも止まっている。
けれど――それは、永遠ではなかった。
「ここは……夢なの?」
ヨゾラが、ぽつりとつぶやく。
ソルは小さく頷いた。
「世界が崩れる前に、想いが最後の場所を作ったんだって。
ここでなら、ほんの少しだけ願いを叶えられるらしい」
「願い……」
ソルは、彼女の手を握ったまま言った。
「君が望むなら、ここで一緒にいよう。
時が止まったこの星の庭で、ふたりだけで」
けれど――
ヨゾラは、そっと首を横に振った。
「ダメだよ。
それじゃ、あなたの光は……もう、誰にも届かなくなっちゃう」
ソルの瞳が揺れる。
ヨゾラは微笑んだ。
「あなたは太陽。
誰かの朝を照らすために、生まれてきたんだもの」
その言葉が、ソルの胸を静かに貫いた。
「――ひとつだけ。願いを選んでください」
星の箱庭の空に、声が響いた。
それはこの空間の主、星々の意志が具現化したものだった。
「願いはふたつのうち、どちらかひとつだけ」
「この場所に、ふたりだけで永遠に留まる」
「それとも、相手を“現実”に還す」
静寂が落ちる。
ふたりは互いの手を握ったまま、視線を交わす。
「私は……」
ヨゾラが、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「あなたに戻ってほしい。
太陽として、世界を照らしてほしいの」
ソルは、首を振った。
「違う。僕が君を……現実に還したい。
誰にも縛られない、“夜”を歩ける世界で、生きてほしいんだ」
願いは、どちらかひとつしか叶わない。
ふたりとも、自分ではなく相手の未来を願っていた。
そのとき、星の声がふたたび降る。
「願いが重なりました。
星々は、その祈りの純粋さに応じましょう」
空が、静かに輝きはじめた。
ふたりの頭上に、白く長い流れ星が伸びていく。
「……願いは、“どちらか”ではありませんでした」
「星は、ふたりの“選ばなかったほう”に、想いを託します」
ソルが、目を見開いた。
ヨゾラも、息を呑む。
「あなたの願いは、“相手を還すこと”だった」
「ならば、還るのは――どちらか“ひとり”だけ」
答えは、もう告げられていた。
「……そんなの、いやだよ」
ソルの声が震える。
ヨゾラは、そっと微笑んだ。
「わたし、嬉しいよ。
あなたが、こんなにもわたしを想ってくれたこと」
ふたりの手が、もう一度強く結ばれる。
けれどそのぬくもりも、ゆっくりと消えていく。
「ねえ、ソル。最後に、ひとつだけお願い――」
ヨゾラが目を閉じ、そっと歌を紡ぐ。
♪ また逢える と信じるから
今は さよならを歌うの
光と闇を越えたとき
星の名を、もう一度……
歌の終わりと同時に、世界がほどける。
ソルの身体が光に包まれ、現実へと還っていく。
彼が最後に見たのは、
“星の花”の中で、静かに笑うヨゾラの姿だった。
――そして、箱庭は消えた。




