第七話 夜の檻、昼の牢
世界が、ふたりを引き裂こうとしていた。
――それは運命か、あるいは恐れか。
昼の神殿の地下、厚い石の壁に囲まれた独房。
ソルは、光の届かぬ闇の中でじっと座っていた。
拘束はされていなかった。
けれど、ここに光はない。
太陽の名を持つ彼にとって、これ以上に深い“罰”はなかった。
「……ヨゾラ」
つぶやいた名は、空気に溶けるだけだった。
彼女は今、どうしているのだろう。
無事でいるのか、それとも――
一方その頃。
ノクティアの星殿では、ヨゾラが“儀式の間”に座らされていた。
周囲には長老たち。
そして、眠りに誘う香と、封印の歌。
「星の巫女は、その心を光に傾けた」
「このままでは、夜の民の均衡が揺らぐ」
低く厳かな声が、空気を震わせる。
「よって、星々の意志により、“夜の檻”への封印を命ずる」
ヨゾラは、黙ってそれを聞いていた。
拒絶も、抵抗もなかった。
彼女の心は、もうここにはない。
ただ一つの祈りだけが、胸の奥で強く灯っていた。
(ソル……あなたが、どうか自由でありますように)
――そのとき。
星が、一つ、はじけるように消えた。
「っ……!」
長老たちがざわめく。
それは、千年に一度の“不吉の兆し”――星の崩壊。
「均衡が……崩れはじめている」
誰かがつぶやいた。
夜の檻。昼の牢。
ふたりが引き裂かれたことで、世界の調和が静かに軋み始めていた。
封印の儀は、静かに進められていた。
星の巫女――ヨゾラは、夜の祭壇の中央に座し、
七芒星の光に囲まれながら、ゆっくりと眠りへと誘われていく。
「……あなたの想いは、空へと還る」
老巫女の声が、遠くで揺れていた。
けれどヨゾラの意識は、すでに現実を離れはじめていた。
星の音も、風の歌も、どこか遠くへ。
――ただ、ひとつだけ。
その闇の中で、彼女の名を呼ぶ声があった。
「……ヨゾラ……っ!」
それは、ソルの声だった。
現実のものではない。
けれど確かに、彼女の心に届いた。
その瞬間、星の光がわずかに揺らいだ。
封印の術式にひびが走る。
一方、昼の神殿。
ソルは、暗がりの中でふと目を閉じた。
「聞こえた……気がした」
意識の底で、ヨゾラの名が呼ばれたような気がして、
彼は立ち上がった。
そのときだった。
独房の奥の壁が――光を帯びて、ゆっくりと開いた。
“誰もいないはずの空間”の奥に、ただ一人、白い服の老女が立っていた。
「……おまえが、太陽の少年か」
「あなたは……?」
「名など要らぬ。わたしはただ、“星の箱庭”の番人」
そう言うと、老女は扉の向こうを指さした。
「世界が揺れはじめた。
おまえが選んだ“想い”が、掟を超え、扉を開いたのだ」
ソルは、言葉もなく頷いた。
その先にあるのが何であっても、もう迷わない。
彼は、光の中へと一歩を踏み出した。
――向かう先は、昼でも夜でもない、
空と星と願いの狭間にある幻の場所――
“星の箱庭”。
そこでふたりの運命が、もう一度交わろうとしていた。