第六話 光と影の選択
翌日、ソルは目を覚ました瞬間、自分が誰かに見られている気配を感じた。
部屋の扉は開いていた。
閉じ込められていたはずの場所から、なぜか解放されている。
けれど、その自由は歓迎のものではなかった。
「――来なさい。王の命令です」
無表情な守衛が告げた言葉に、ソルの胸が嫌な予感でざわめいた。
王都の最奥、昼の神殿。
広間に通されたソルの前には、王家直属の“光の教団”と、巫女たちが並んでいた。
その中に、知った顔があった。
兄――セラフ。
幼い頃から優秀だと称えられ、ソルとは違う道を歩んだ兄だった。
「……まさか、本当に夜の巫女と会っていたとはな」
セラフの声には、どこか痛々しいほどの冷静さがあった。
それは怒りでも悲しみでもない。
ただ、“正しさ”という名の壁だった。
「境界の掟は、古からこの世界の均衡を保ってきた」
「昼と夜が交わることは、世界を崩壊へ導く危険がある」
神官たちが次々と並べる言葉は、ソルの耳には届かなかった。
ヨゾラの手のぬくもり。
あの星の歌。
ただ、彼女の笑顔だけが――心を満たしていた。
「おまえには選択の機会が与えられる」
セラフが、一歩進み出て告げる。
「すべてを忘れ、この世界の“太陽”として生きるか。
あるいは、掟に背き、“夜”の者として追放されるか」
選べ。
光に従うか、闇に堕ちるか。
その選択は、もはやひとりの少年の問題ではなかった。
ソルの唇が、わずかに震える。
「そんなの……どっちも“君”がいないんじゃ、意味がない」
王座の間に、沈黙が落ちた。
「……どちらも、“君”がいないんじゃ、意味がない」
ソルの言葉に、広間の空気が凍りついた。
神官たちはざわつき、巫女たちは顔を伏せる。
そんな中、ただ一人、セラフだけがソルの目を見つめていた。
その視線に、かつて兄弟だったはずの温度はなかった。
「ソル、お前は何もわかっていない。
“君”一人を選ぶということが、どれほど多くを壊すか……」
「たとえ全部壊れても、僕はあの夜を後悔してない!」
ソルの叫びが、空気を裂いた。
光の民としての未来も、王家の血も、すべてを賭けても――
彼は、ただヨゾラと過ごした、あの“触れた夜”を守りたかった。
一方、ノクティアの巫女殿。
星の間と呼ばれる儀式の間に、ヨゾラは膝をついて祈りを捧げていた。
けれど、その心は穏やかではなかった。
(ソル……今どこにいるの? どうか、あなたが無事でありますように)
星たちは、静かに瞬いていた。
でもその声は、いつものように優しくはなかった。
ざわめき、ざわつき、まるで“世界が揺れている”と告げているようだった。
そのとき、老巫女が近づき、ヨゾラに告げた。
「……星の巫女ヨゾラ。
お前に問う。そなたの“心”は、いずこにある」
問いかけは、形式ではなかった。
答えひとつで、彼女の運命もまた変わる。
ヨゾラは、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳に、決意の光が宿っていた。
「わたしの心は……夜空にはない。
もうずっと前から、“太陽”の方を向いているのです」
言葉の余韻が残る中、風が吹いた。
星たちが、一瞬だけその光を強めた。
それは――“星の承認”。
昼と夜。
ふたりの決意が、それぞれの場所で静かに重なった。
だがその一方で、神殿の奥深く。
世界の均衡を保つ“契約の光”に、わずかなひびが入りはじめていた。