第四話 すれ違う時間
ヨゾラが姿を見せなくなって、三日が経った。
ソルは、それでも毎日丘に通っていた。
夕陽が沈むたびに、あの夜の風景がもう一度訪れるのを願って。
けれど、丘の上はいつも、静まり返っていた。
星は変わらず空に瞬いている。
けれど――その下に、ヨゾラの姿だけがなかった。
(儀式って……そんなに長いのか? それとも……)
不安が、日に日に増していく。
ヨゾラの最後の表情。
あのとき、何か言いかけていたような瞳の揺れ。
ソルは、あの光景を何度も何度も思い出していた。
「――おまえ、また境界の丘に行ったのか?」
ある日、父親に呼び止められた。
低く、冷たい声。
「昼の民が、夜の土地に立ち入ることは禁じられている。
もう子どもではあるまい。掟を破れば、どうなるかわかっているな」
ソルは、答えられなかった。
ヨゾラの存在を口に出せば、何かが壊れてしまいそうで――
「……ただ、空が好きなだけだよ」
それだけを言って、その場を離れた。
けれど、それはごまかしでしかなかった。
ソルの心は、ヨゾラでいっぱいだった。
話した言葉。
くれた笑顔。
星の歌――その余韻だけが、彼を支えていた。
(……もう一度、会いたい)
どれだけ夜が静かでも、星が瞬いても、
そこに“彼女”がいないのなら、意味なんてなかった。
夜の訪れは、いつもより冷たく感じられた。
ソルは丘に立ち尽くし、ただ空を見上げていた。
「……また、来られなかったんだね」
ヨゾラの姿は、今夜もなかった。
サリアの花を手に、ソルはぽつりとつぶやく。
彼女が持ち帰ったはずのあの花は、まだ自分の心の中で咲いていた。
けれど、今はその記憶さえも、風にかき消されそうだった。
(このまま、もう二度と会えなかったら……)
胸の奥が、ぞわりと凍える。
焦り。悲しみ。怒りにも似た衝動。
ソルは足元の草を蹴った。
静かな夜に、音が響く。
「……だったら、僕が行く」
その声は、自分でも驚くほどはっきりしていた。
夜の国〈ノクティア〉――昼の民には禁じられた領域。
でも、もう待っているだけなんてできなかった。
“どうせ掟を破っているなら、もう一歩くらい踏み込んでも同じだ”
その考えがよぎった瞬間、ソルは走り出していた。
境界の丘を越えて、森の奥へ――
だが。
そのとき、背後から鋭い声が飛んだ。
「止まれ!」
草をかき分けて現れたのは、昼の民の守衛。
複数人の男たちが、手に光の槍を構えていた。
「何度も忠告したはずだ、少年。掟を破る者には、相応の罰がある」
「僕は、ただ……会いたいだけなんだ!」
叫びは夜空に溶けた。
だが、誰にも届かなかった。
――その夜、ソルは連れ戻され、屋敷の奥の小部屋に閉じ込められることになる。
昼の民の中で、「夜」と名のつく存在に心を奪われた者など――
かつて、ひとりとしていなかった。
月は静かに昇っていた。
けれどその光は、今夜のソルには届かなかった。