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第二話 星を数える少女

 丘の上は、昼と夜の狭間だった。


 陽は完全に沈み、空には無数の星が瞬いている。

 けれど、まだ空気の端に、かすかに“光”の名残が残っていた。


「……どうして、わたしのことを知ってるの?」


 星を見上げながら、ヨゾラがぽつりとつぶやいた。

 その声は、風よりも静かで、どこか傷つくことを恐れているようだった。


 ソルは、すぐには答えられなかった。

 彼女の問いに、何度も心の中で言葉を探す。


「……夢で、何度も会ったんだ。

 君がここで、星を数えてる夢。ずっと……昔から」


「夢……?」


 ヨゾラの瞳が、わずかに揺れた。

 彼女もまた、なにかを思い出すように目を伏せる。


「……わたしも、夢を見たことがあるの。

 昼の空を駆ける鳥と、それを見上げる誰かの夢。

 きっと、それが……あなた」


 ふたりはしばらく、言葉を交わさぬまま空を見つめた。

 夜空には、名前も知らぬ星々が、音もなく瞬いている。


 「星はね、名前があるの」

 ヨゾラがふいに口を開いた。


 「見えないけど、ひとつずつちゃんと名前があって……。

  夜になると、わたし、彼らの声が聴こえるの」


 「声が?」


 「うん。星たちはね、今を生きてる人たちを、ずっと見守ってるの。

  小さな願いとか、悲しい気持ちとか、全部……夜の空で受け止めてくれる」


 ソルは、息を呑んだ。


 それは彼が知らなかった世界――

 昼の光に隠されて、決して触れることのできなかったもの。


 「それって……君だけに聞こえるの?」


 「うん。だから、わたし……夜の巫女って呼ばれてるの」


 その言葉には、どこか重さがあった。

 ただ“特別”というより、背負わされている役目のような、寂しさが滲んでいた。


 「夜の巫女って、つらい?」


 ソルの問いに、ヨゾラは小さく首を横に振った。


 「ううん。……誇りには、思ってる。

  でもね、誰かと“夜”を分け合うことは、できないの。

  ずっとひとりで、星とだけ話してる」


 それは、静かな孤独の告白だった。

 ヨゾラの言葉は明るくて、笑顔さえ浮かべていたけれど――その奥に、誰よりも深い寂しさが隠れているのを、ソルは感じた。


「じゃあ、今日だけでも。僕と話してくれてありがとう」


 「……うん。わたしも、話せてよかった」


 ふたりの間に、夜の風が通り抜ける。

 草のざわめきと遠くの星の瞬きが、まるでふたりを祝福しているようだった。


 「……ソル。ねえ、もし……また、ここに来たら……」


 「うん?」


 ヨゾラは小さく笑った。まるで、星が一つふわりとほどけたような笑みだった。


 「また、星の名前を教えてあげる。

  わたしが聞いた声……あなたにも、少しずつ届けたいから」


 ソルの胸が、きゅっと締めつけられた。


 それは、たった数分しか会えないふたりが、

 ほんの少しでも“次”に希望を託そうとする、ささやかな約束。


 「……絶対、来るよ。何度でも。

  夜と昼の境目で、君に会う」


 「うん。待ってる」


 手を伸ばせば届く距離。けれど、その手は伸びなかった。

 触れた瞬間、この魔法が壊れてしまう気がして。


 ――月が、雲に隠れた。


 そして、時間が訪れる。

 夜が深まり、ヨゾラの姿は空気に溶けるように消えていく。


 「……おやすみ、ソル」


 最後に残されたその声だけが、丘の上にやさしく響いていた。

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