表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/10

第一話『禁じられた丘

 この世界で、昼と夜が交わることはない。


 太陽が空を支配する間、夜の民は深い眠りに落ちる。

 星々が瞬く頃、光の民はその瞳を閉じる。


 それは、世界の均衡を保つために与えられた掟。

 決して、破ってはならない古の約束。


 けれど。


 少年は、今日も丘に立っていた。


 陽が沈みかけた空の下、まだ残る名残の光を背に受けながら、ソルは高台の草を踏みしめてゆっくりと歩く。

 風が揺らす草の音と、心臓の音だけが静かに響いていた。


(もうすぐだ……)


 彼が目指しているのは、村の外れにある“境界の丘”。

 かつて昼と夜が交わりかけ、世界が崩れかけたという伝承が残る場所。

 本来なら誰も近づいてはならない禁じられた土地だった。


 だが、ソルは知っている。


 年に数回、この丘の上に――

 星を数える少女が現れることを。


 彼女の名は、知らない。


 声も、触れたことも、ない。

 けれど、その夜色の髪と、星のように揺れる瞳を、彼は何度も夢に見た。


「……今日も、来てくれるかな」


 誰に聞かせるでもないその言葉が、冷たい風にさらわれていった。



 ――そして。


 風の向こうから、かすかな気配が届いた。


 ソルは息を呑み、草の陰に身を伏せる。

 丘の頂に、ふわりと“夜”が舞い降りたようだった。


 淡い月明かりに浮かび上がる、小さな背中。

 長い髪が風にそよぎ、揺れる袖が星のようにきらめく。


 彼女だった。


 何度も夢に見た、あの少女――夜空ヨゾラ


 彼女は静かに空を見上げ、ひとつ、またひとつと指を折って星を数え始めた。

 その動きには、どこか祈るような優しさがあった。


 ソルは思わず、踏み出していた。


 「……こんばんは」


 その声に、少女の肩がぴくりと震えた。


 しばしの沈黙。


 やがて、彼女はゆっくりと振り返る。

 月明かりの中で、その瞳が揺れた。驚きと……懐かしさのような、何かが。


 「……あなた、昼の民……?」


 「うん。名前は、ソル。太陽のソルだよ」


 少女は、小さく瞬きをした。

 まるで、星がひとつ落ちたような、そんな静かな瞬間。


 「わたしは……ヨゾラ。夜空の、ヨゾラ」


 ふたりの名前が、静かに交わった。


 昼と夜、交わらぬはずの光と闇。

 それでも、確かにここに“出会い”は生まれてしまった。


 「……本当はね。来ちゃいけないんだ。昼の人は、夜の丘に」


 「知ってる。でも……会いたかったんだ。君に、もう一度」


 夜の風が、そっと吹いた。


 その一瞬、ふたりの間にあった境界線が、少しだけ揺らいだ気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ