少女はまだ空を見れるか②
「し、焼死…っぇ、な、なんで、」
少女は確かに彼らと目を合わせ、「焼死」するようにその言葉を言ったはずだった。しかしなんの因果か今までとは違ってどこからともなく現れた火が彼らを焼くことはなく、驚いたように目を見開いた彼らは恐怖ゆえの荒い息をし続けていた。
「ッチ」
短く舌打ちをした上官は部下に命じて残った犯人を全て撃ち殺させた上官は少女の胸ぐらを掴みあげた。
「なぜ殺さなかった!お陰で余計な弾を消費した!」
「も、申し訳ございません、ですが、つ、使えなかったのです」
声を震わせる少女の左頬を乾いた音が響くほど強く殴りつけ、乱暴に突き飛ばす。
「貴様の存在価値はその気味の悪い能力の他ないことをきっちりとその頭に叩き込め、いいな!」
「...はい、申し訳ございませんでした」
「返事が遅い!」
「っはい、申し訳ありません...」
流れ弾が当たった傷口をブーツの踵部分で強く踏まれ、苦悶の表情を浮かべながら歯を食い張り謝る。その様子を見た上官は満足そうに鼻を鳴らし足を退けた。
馬が引く車へ帰る途中、捕縛された犯人の家族らしき女性が幼い子供を抱え、地面に打ち捨てられた死体の一つに縋り付き、大声で泣く。
バッと顔を上げた先にいた少女を般若のような顔で睨みつけると恨み言を叫び出した。
「アンタがうちの人をこんなんにしたの!?まだ子供の顔すら見ていなかったのに!!この人殺し!悪魔!アンタなんか人間じゃないわ!!」
女性は近くにあった石を少女に向けて投げ、その鋭利な石は少女の額を薄く切り裂いた。
たらりと視界に入る血の向こうに取り押さえられる女性の憎々しげにこちらを睨む姿と、その腕の中のまだ幼い赤子の姿を見た少女は呼吸が乱れ、失血も相まってうつ伏せに倒れ込み気絶した。
軍の基地の三棟にて。孫の事務室でいくつかの紙束を脇に抱えた男性が丸メガネをクイと掛けあげる。
「あの少女は居住棟に搬送しました。そして礼物を使えなかった理由ですが…申し訳ございませんが、わかりません。未だ天与礼者がもつ礼物と礼者の間にどのような連結があり、どう作用しているのか判明されていないためにどうして使えなくなったかはわかりません。確かなことは言えませんが、しばらく礼物の使用は不可能でしょう。過去にも似たような事例がありましたが、当時どのように解決したのかはわかっていません。またなにかわかりましたらご報告させていただきます」
白衣を身にまとった軍医が礼をして部屋を出ると孫は深く椅子に腰掛け、ため息を付いた。ここのところの細々な任務は主に少女が担っており、今抜けられてしまうと任務が滞る可能性がある。
その埋め合わせをどうすべきか考えるだけで孫は自分の脳血管が切れそうな気がした。
「そ、孫少佐!大変です…!」
軍医と入れ違うようにして隊員が入ってきて真っ青な顔で孫を呼んだ。
孫は隊員の後をついていくと天与礼者の居住棟にたどり着く。しかしまだ隊員は歩みを止めない。しばらく走っていると開かれたドアの中を除くとその恐ろしい光景に息を呑んだ。
真っ白で無機質なその部屋の中央はおびただしい量の血で彩られていて鮮やかなコントラストを醸し出していた。その血は少女の目から流れており、だらりと床についた手の先は真っ赤な血でマニュキュアのように塗られている。
更に、よく見れば血溜まりの中に2つの歪に潰れた目玉が浮かんでいるのが分かることだろう。夕日のような色合いの目玉が。
一方、医務室に戻ったばかりの軍医は眼の前に積んだ膨大な量の天与礼者に関する資料を一つずつ取りざっと目を通す。
「欧医師!急患だ!」
開かれた扉から担架に乗せられた少女が運ばれてきた。ポッカリと空いた赤黒い眼窩はヌメヌメと血なまぐさい光沢があり、少女がどのような顔なのかすらもわからないほどの乾いた血が顔にこびりついて覆い尽くしていた。
少女の隣に置かれた二つの眼球は半分ほど潰れており治すことは不可能。脳につながる神経も先が細くなるほど引っ張られ、千切れていた。
「これを治せと?ふざけるな!治療は工作じゃないんだぞ!こんなものを僕の前に出してどうしろと!?」
「なら直せる他の医師を出せ!こいつに今死なれると任務の遂行に支障が出るんだ!」
「…っ!おい、張!お前がこいつを治せ!」
「え、あ!はい!ただいま!」
張と呼ばれた青年は少女の状態に息を飲みながらも拳を握りしめ、少女の目の上に手を掲げる。ちらりと隣に置かれた少女の瞳孔の色を確認して目を閉じる。
「治れ、いや、再生…何もなかったように…!再生してくれ!」
祈るような張の言葉に答えたのか閉ざされた少女のまぶたの下が次第に隆起していき、張が確認した時には鮮やかな色彩の夕焼けの瞳が最初からそこにあったかのように光を受けていた。
「ふん…いつ見ても気味の悪い術だ…いいか張、僕はその術を医術とは認めない」
「…はい、すみません」
張はうなだれ少女の顔についた血を濡れたタオルで丁寧に拭ってやった。




