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少年は次第に成長しゆく③

3年後の秋、15歳になった長林はいくつかの書籍を抱え、庭に面した部屋で宙を眺める母親の隣に座り、それらを読み始めた。

 髪を長く伸ばした長林はますます璋月に似はじめ、高い背丈を除けば知人でも璋月と間違えかねないほどだった。


「長林!ああ、良かった、こっちにいたのか。表から呼んでも出ないものだから何かあったのかと思ったよ」


安堵の息をつきながら笑う男性を見た長林はガタッと机に足をぶつけつつも男性の元へ駆け寄る。


「孫先生!すみません、全然気づかなくて…今日は母の診察に?」

「いや、長林に新しい教材を渡そうと思ってね。はいこれ、海外の最新の心理学書だよ。ちょっと難しい所もあるけど、メモを挟んであるからそれを参考にしつつ読んで。あっそうだ、楊さんは?」

「母はあそこに。今日は昨日より食欲があるみたいで茶碗1杯分のご飯は食べきりました」

「そうか、それはよかった。いくら精神が回復していても肉体が衰弱していたら意味がないからね。では、僕はこの辺で」

「おーい長林って…叔叔も来てたのか」

「あ、良然じゃないか。大きくなったなぁ、前来たときより10センチは伸びたんじゃないか?」

「前来たときと変わってないって。そんな10センチも伸びやしないよ。それより、親父が長林にこれを渡してこいって」


良然はドサリと作物が入ったかごを縁側に置いた。どれもよく実っており、今年が豊作なのが伺い知れた。


「え、いや、こんなに貰うのは悪いよ。お金持ってくるからちょっと待っててくれる?」

「じゃ、ここで待ってるわ」

「こら、良然。自分の懐にいれるつもりだろ。君の父さんがお金を要求してこいって言ったのか?」

「ちぇ、でもさ叔叔、長林のやつ自分が渡すって言ってるんだぜ?」

「だめだ。長林も頷いて良然の味方をするんじゃない。これから君と楊さんの事を考えたらお金はいくらあったって困らないんだから大事に取っておいたほうがいい」

「でも、貰ってばっかじゃ申し訳無さが…」

「兄さんだってお金がほしいわけじゃないから、貰ったって困るよ。ちゃんとお礼を言われた方が嬉しいに決まってるさ。それに、良然…もし長林からお金を受け取ったら父さんは酷く怒るだろうね」

「げっ…はぁ、わかったよ。長林、金はいらないから黙って受け取っとけ」

「ごめん、いつもありがとうね」


眉を下げて柔らかく笑う長林を見て良然は身震いして鳥肌が立った二の腕をさする。


「お前、その笑い方はやめろって。どんどん大姐に似てくるじゃねえか。ここまで話し方とか笑い方まで似てくると大姐が生き返ったみたいで気持ちわイッテェ!なにすんだよ叔叔!」

「このばか!なんてことを言うんだおまえは!」

「あ、いいんですよ別に。それほど璋月に似てるってことなら嬉しいし」


ケロリとした表情で良然が持ってきたかごを持ち上げる。


「孫先生がああいうし、この野菜はありがたく貰うね。叔叔には後でお礼を言いに行くよ」

「ちぇっ、せっかくいい小遣い稼ぎになる所だったのに。まあいいや俺はもう行くぞ」

「僕は一度兄さんのところへ寄ろうかな。さぁ、変えるぞ小然!」

「わかったから引っ張るなよ叔叔!」


騒がしくも仲睦まじく道をともにする良然と孫を見て長林はかごを持つ手に力を入れ、目を細める。彼らの背中を見たあと、部屋の中でぼんやりと宙を見る母親を見て口元を引き絞る。


 台所に野菜を置いてきた長林は母親のもとへ戻り、隣に座ると母親の肩に頭をそっと預けてみる。倒れそうになる素振りがなければ、長林を見て微笑みかける素振りもない。秋の夕暮れに照らされて影が落ちる母親の虚ろな目を見て長林は璋月そっくりな笑みを浮かべる。


「母さん、さっき小然(しょうねん)くんが野菜を持ってきてたんだけど、どれも美味しそうだったよ。晩御飯のときに食べようよ。母さんは何食べたい?私は母さんのなんちゃって八宝菜が食べたいなぁ」


いくら長林が璋月の振りをして母親に話しかけようとも母親は見向きもしない。いつものように長林が返事を待つ時間が来るかのように思われた。


「最近涼しくなって過ごしやすくなったでしょう?前みたいに夜に散歩に出かけてもいいんじゃないかな。家族3人水入らずでさ。母さん覚えてる?長林が灯りを持ちたいって駄々捏ねてたの」


徐々に長林の声が震え始める。 


「...ねえ母さん、俺、もう灯り持てるよ。随分背も高くなったしさ、ねえ、母さん...」


縋るような声は無情にも母親には届かず地に落ちた。


「...もう遅いし、ご飯を用意してくるよ」


鼻を啜り上げ長林は立ち上がり厨房へと向かった。



「母さん、水持ってきたけど...飲めそう?」

21歳に成長した長林は4年前から孫の診療所で働き始め、それと同時に母親を連れて村を出て河南(かなん)の中心部に住み始めた。


 環境が変わったからか、はたまた精神の限界からか、母親は体調を崩し、起き上がることもままならなくなった。医者からも長くは無く、持っても1週間だと言われた長林は孫に頼み、母の最後を看取るため休みを取った。


 ぜえぜえとか細い喘鳴ですら、皮肉なことに母親がまだ生きていることの証明となっていた。枝のように細い母親の手を握る長林は込み上げるものを無理やり飲み込み母親を安心させるために笑顔を浮かべる。

母親の背を支えながら水を少しずつ飲ませると、母親は病人とは思えないような力強さで長林の腕を掴んだ。


「!?母さん、まさか」

良然が孫先生に対して使っている「叔叔」は父親の兄弟に使う叔叔で、長林が良然の父親に使っていた叔叔は年上の男性に使う叔叔です。

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