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少年は次第に成長しゆく②

 そして璋月が死んでから半年も経っていない同年の冬、長林の名前は家の中で聞こえることはなく、璋月と呼ばれることがあれば必ず長林が返事をした。長林が齢11の頃の話である。


「あら、璋月あなた…そんなに髪が短かった?」

「…もう、母さんったら今年の夏がすっごく暑かったのを覚えていないの?あんまりにも暑かったものだから切ったんじゃない」

「ああ…ああ、そうだったわね」


ぼんやりと焦点の定まらない目を細めて微笑んだ母親は突然スッと表情が抜け落ち、再び人形のように押し黙った。そんな母親の様子を見て長林は唇を噛み締めて俯く。


「俺がしっかりしないと、母さんは俺がいないと1人っきりなんだから…俺が、」


頭を抱えて自分に言い聞かせるように繰り返し呟く長林の声は母親には届かず、長林は再び涙を飲み込んだ。


 2年後、12歳になった長林は双子でもないのに姉と同じような顔に成長した。健康的に焼けていた肌は白く保たれ、髪も伸ばし、姉と同じように右側に三つ編みを垂らせば幼き頃の璋月と生き写しだった。だからだろうか、母親は長林の存在をすっかり忘れ長林を璋月として扱った。


ある日、じっと長林を見つめる母親に長林が微笑みかけると母親はこてりと首を傾げた。


「璋月、笑い方が変わったね。前はそんなふうには笑わなかった」


母親の言葉にぴしりと笑顔が強張る長林は記憶を手繰り寄せども、姉がどのように笑っていたか思い出せなくなってしまっていたことに気がつく。

 ふと母親と璋月がよく使っていた大きな姿見が目に入った長林はそれに近づき、がしっと両手で掴み、鏡の前で姉の笑い方を再現しようとした。


 しかし、幾度微笑めども在りし日の姉の笑顔は失われたまま。もはや記憶にも存在しないものとなってしまった。そうして鏡の前で崩れ落ち呆然とする長林の耳に自分を呼ぶ声が届いた。


「長林!もう時間過ぎてんのに何してんだ!」

良然(りょうねん)…っ今行く!」


ぱっと矢が放たれたように家を飛び出し、ツリ目の坊主頭の元に向かった。


「親父が心配してたぞ。いつも時間通りに来ねえから俺に見てこいって」

「ご、ごめん、じゃなくって、すまん!ちょっと考え事?をしてたから…」

姑姑(おばさん)、まだよくねえのか?」

「まだも何も、悪くなる一方だよ…なあ、その…いや、忘れて」

「言えよ。何渋ってんだ?」

「お前は…璋月がどんな顔で笑ってたか覚えてるか?」

「大姐?覚えてるわけねえだろそんなん。大姐が死んで2年も経ってるし、それでなくたって大姐は死ぬ前1年間は笑顔なんか見せてねえじゃん」


眉を寄せながら肩をすくめて言った良然は長林の手を強引に引いて畑へと引きずって行った。


「親父!長林連れてきた!」

「おう、じゃお前は雑草抜いてこい。長林はこっちで間引きを手伝ってくれ」

「へいへい」


面倒くさそうな返事をした良然は畑の奥の方へいき、長林は良然の父親の元に近づいて育ちの悪い苗や密集したところを間引き始めた。


「長林、その…なんだ、お袋さんはどうだ?調子とか」

「あんまり良くないと思う。最近はぼんやりすることが多いし、辻褄が合わない事を言うんだ。でも、最近は温かいからかな、顔色はいいよ」

「そうか…実はな、俺の弟が心理療法士やってるんだよ。だからお前のお袋さんを一度見てもらったらどうだ?料金は俺が口を聞いてやるから気にしなくていい」


思いがけない提案に長林は目を見開いてから、少し考え込む。

母親のことを考えればこれ以上ないほど嬉しい提案だ。長林だけではどう仕様もない程に母親の精神は崩れてしまっている。断る理由がない。


「本当にいいの?だって、叔叔(おじさん)も叔叔の弟も忙しいでしょ?」

「そんなん子どもが気にするこたぁねぇ。困ったときはお互い様だろ?俺の家内が難産のとき、家内を励ましてお産を手伝ってくれてたのはお前のお袋さんなんだ。このくらいのお礼はさせてくれ」


良然の父親はにかっと歯を見せて快活に笑い、それにつられて長林も表情が明るくなる。


「ありがとう、仕事に母さんのことまで…大人になったら必ずこの恩は返すよ」

「いいっていいって。まったく…お前も早く大人に成りすぎだ。いい子なのはいいがよ、良然を見てみろ、馬鹿みたいだろ?お前はまだあのくらいでいいんだから。俺の仕事手伝ってるときぐらい、もっとあんなに能天気でいていいんだぞ」


顎で示す先にはカエルの足を掴んではしゃぐ良然がいた。


「いや、アレよりすこし落ち着きがあったほうがいいな」


長林は苦笑した。

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