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少年は次第に成長しゆく①

皆様お察しの通り本編が行き詰まっているのでそれを誤魔化すための番外編でございます。

 タッタッと軽やかな足音と共に短い黒髪の少年がのどかな田舎の畦道を走る。少年は7、8歳程だろうか。すらりと伸びた背は周りの子供と比べても頭一つ分は抜きん出ていた。

 少年はずいぶん走ったらしく、健康的に日焼けした額には玉のような汗が浮き出ていた。汗で髪が額に張り付くのも気にせず少年は明るい表情で走り続けとある家の前で止まった。


「ただいま!ねぇねぇ!母さん!璋月(しょうげつ)!さっきすごいの見たんだ!」


興奮気味に座敷に上がった少年は異様な空気に硬直する。いつもは暖かく迎え入れて話を聞いてくれる姉は自分の体を抱くようにしてうずくまり、母も顔を覆って泣きながら姉の背中をさする。


「璋月...?ね、どうしたのさ...」


少年は呆然としながら座敷に上がり姉に近づく。説明を求めて母を見るも声を抑えて涙を流すだけで口を開こうとしない。姉は少し体を起こし少年の方をチラリと見た。


「長林...おかえり、私は大丈夫よ。ちょっとケガしちゃっただけだから...」


ほんの少しだけ口角を上げて苦しそうに微笑む姉に長林と呼ばれた少年は璋月の顔を心配そうに覗き込む。


「璋月、璋月、本当に辛そうだよ。何があったの?」

「私のことは気にしなくていいから。何か話したいことがあったんじゃ無い?」


璋月に促された長林はパッと表情を明るくし、元気を取り戻して話し始める。


「さっき馬に乗った人たちを見たんだ!多分軍人さんだよね?キリッとしていてかっこよかったんだ!璋月璋月、俺もあんなかっこよくなれるかな?」

「長林はもっとかっこよくなれるよ。もっとかっこよく、もっと優しい子だから」

「ほんと!?」


璋月が優しく長林の頭を撫でてやると長林は目を細めてへへへっと笑った。

無邪気な長林のその様を璋月は眩しそうに、いや苦しそうに目を細めて口の端に力をこめる。


「俺、大きくなったら璋月と母さんを守れる立派な軍人になるんだ!」


長林がそう言うと長林の母は長林を自分の胸の中に抱きしめ、いっとう激しく涙を流した。


「ならなくていい、軍人になんか、ならなくていい。お前はそのままでいてちょうだい」


長林は母親に抱きしめられながら困惑しつつもコクコクと頷くしかなかった。それはいつもと様子の違う母と璋月のせいか、はたまた時折り微かに鼻をつく血と場違いな栗の花の匂いのせいか。


 そして、1年後。誕生日を迎える前の16歳の夏、蒸し暑くコオロギがうるさく鳴く夜に璋月は自ら生きることを放棄した。


 最初に璋月を見つけたのは母親に璋月を起こすように言われた長林だった。いつもは早起きをする璋月が自分よりも遅く起きることがあるなんて、と半ば面白く思いながら璋月を起こしに行った長林は部屋に入った瞬間、家の外まで響くような悲鳴を上げた。


 朝からため息が出るような暑さの部屋の中で、璋月はぶら下がっていた。黄金色の光を背に受けながら、だらりと全ての力を放棄した璋月を見て泣きじゃくりながら悲鳴を上げる長林の声を聞いた母親が駆けつけると、母親は目を限界まで見開いて声も出せずに璋月を凝視した。


 璋月が自殺に至るまでの前兆が無かったわけでではない。1日中無気力であったり、あちら側に引き込まれるように縄、刃物、水辺、山の中に危なげに近づくことがあった。その度、長林や母親が止めて片時も目を離さないようにしていた。だが寝ているときに自身の寝間着の腰紐で首を括るなんてどう止めればよかったのだろうか。

 長林が泣きじゃくる中、母親は静かに宙ぶらりんの状態の璋月を下ろし、布団に横たわらせた。


「長林…(よう)おばさんを呼んできてくれる…?お姉ちゃんの、お葬式をしなきゃだから…」


肩を落とし背中を丸めた母の背は、普段の半分ほどの大きさになってしまったように見えた。

 ガクガクと震える足を叱咤して、長林はクラクラと回る頭と視界で楊を呼びに行った。母方方の親戚である楊の家はさほど遠くはなく、歩けば20分もしない距離ではあったが、それですらも長林にとっては何千里という道を歩いているような感覚にさせた。

 自分が今どこにいるのか、歩いているのか倒れているのか、それすらもわからなくなる程だった。


 結果としては、長林は楊を呼びに行き、楊の手助けもあって璋月の葬式はしめやかに執り行われた。

葬式が行われる前から葬式が終わったあとまで長林はずっと呆然自失状態で、周りもよく慕っていた姉を亡くした長林の悲しみを推し量ってそっとしていたのもあり、長林は当時のことをあまり記憶できなかった。

 母親も葬儀中は気丈に振る舞い、参列した村人に喪主として正しく立派に対応した。だが母親も、葬儀が終わればぼんやりとすることが多くなった。娘を失った悲しみは深く、いつもどこか遠くを見ている。そんな状態が続く中、母親に変化が現れた。


長林を『璋月』と呼ぶようになってしまった。それも無意識に、本当に長林を璋月と思い込んでいるようだった。


 初めて長林を璋月と呼んだとき、母親は少し不思議そうに首を傾げたあと、すぐに我に返り大粒の涙を流しながら長林に謝った。長林は子どものように泣きじゃくる母の背を撫でてなだめながら涙が出ないように時折強く目を瞑りながら深く呼吸する。

 もう二度とあなたを璋月と呼んだりしない、という母親の言葉は守られることはなく。時間が経過していくとともに長林を璋月と呼ぶ頻度は増えていった。

長林の過去の話。本編から約19年ほど前を想定しています。栗の花の匂いは例のあの液体に似ていると言われているそうですね。

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