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報い

作者: 秋定弦司

亡霊を装いてたわむれなば、汝、亡霊となるべし

 俺の元に一通の封書が届いた。かつての高校の同期からだった。

 高校を卒業して以来、ほとんど交流もなかったので「珍しいな」と思いつつ封を開けた。

 中には彼の父親の訃報と通夜葬儀等の案内文と会場までの地図が載っていた。

「まあお互いいい歳だし、こういう話もでてもおかしくないか」と思い、ひとまず「おくやみ」の電話を入れようとした時、先程の封筒の中にもう一つ、名刺大の小さな封筒が入っていることに気が付いた。

 その封筒は訃報を伝えるには似つかわしくない「かわいい」封筒だった。「何だこれ?」とその封筒を開けると、中には

「冗談で~す☆」

 とふざけるにも程がある内容の紙片が入っていた。

 俺がバカだった……しかしいい歳をした大人がこんなことをするか?

 俺だけならそいつの家に怒鳴り込んで締め上げれば済む話だが、少し気になったので「元カノ」の携帯に電話をかけた。別れてから何年経ったか忘れたが、お互い雑談程度のやり取りはしていた。いわゆる「腐れ縁」というヤツだろう。同じ内容の手紙が届いていないか確認したかった……届いていた。俺は「ありがとう」と一言だけ言って電話を切った。

 そして、「ふぅ」っと大きなため息をついた。

 この調子だと他にも同様の手紙が送られていることは間違いないだろう。

 何があった?仕事のストレス?それとも家庭内の不満のはけ口か?

 とにかく、彼が「一番やってはいけない事」をやったという事実には変わりはない。

 とりあえず、この「嘘の訃報」に乗せられたフリをして喪服に着替えた。ただし香典の代わりに先ほどの封書を包んで……。


 そして「葬儀会場」と指定されていた場所に一度足を運び、彼の家が入っていないことを確認した。

 そこに先ほどの元カノが来た。目的は同じだったようで、「あったの?」と聞かれたので首を横に振った。彼女も喪服姿である。

 俺が、「さてどうする?『弔問』にでも行くか?」と聞くと彼女は静かにうなずいた。


「会場」から歩いて十数分、二人は彼の家の前にいた。

 家の灯りは一切ついてなく、真っ暗だった。

「まあこんな事だろうとは思っていたよ」とつぶやいて彼女を見ると、拳を力いっぱい握りしめ、唇をギュッと閉じ、目には涙を浮かべていた。怒りを抑えているのがはっきりとわかった。

 俺は無駄な努力だと思いつつ、彼女の肩に手を置き、「まさかこんなことをする奴だったとはな」と彼女を慰めてるのか、自分自身の怒りを吐き出しているのかわからないような口調で独り言を言うと。彼女は

「クズね」

 と吐き捨てるように言った。彼女は自分自身で思っていることを吐き出したせいか、少し落ち着きを取り戻したようで、「少し場所を変えようか?」と俺が言うと、彼女は必死に作り笑顔で「ホテル?」と返してきたので、「違うって!」と言い返し、「あそこに公園があるだろ。そこでお互い頭を冷やそうや」と真面目に答えた。

 その真面目な返事に彼女は少し微笑んでから、更に追い打ちをかけるように「ホテルだったら余計に熱くなっちゃうものね」と冷やかしてきた。これでも彼女なりに俺に気を遣っていることは十分わかった。しかし「ドアホ!そこの公園で十分じゃ!」と、こちらも気を遣われていることをあえて無視して笑いながら答えた。

 そこでやっと彼女は普通に微笑んだ。


 しばらくすると二人は公園のベンチに腰をかけ、缶コーヒーを飲んでいた。

「ねえ、タバコいい?」と聞いてきたので、「ああ、実は俺も吸いたかったんだ」とタバコをくわえた。そこに彼女が火をつけてくれた。俺は彼女のくわえたタバコに火をつけた。

「ムードもへったくれもないわね」

「そんな状況じゃねぇだろ。そんなことよりお前いつからタバコ吸ってた?」

「高校卒業してからよ」

「俺もだ。お互い『優等生』だな」などと他愛のない会話を少ししてから、

「お前がさっきあそこまで本気で怒った理由、分かってたよ」それ以上は言わなかった。「うん。ごめんね。」と返してきたので、

「いや俺は別に構わないよ。ただ、『死』と隣り合わせの仕事をしてきた身としては……ね。」

 二人で大きなため息をついた。

「しかし、なんであんな事をしたんだろうね」

「さあ、俺には分らんし分かりたくもない」

「そうね。考えるだけ時間の無駄よね」

「だよな。しかしまあ、お互い余計な時間を取らされたよな。」

「ええ、ところで彼をどうにかするつもりなの?」

「何もしない。俺が何かしなくても『死』を軽々と扱った報いはどこかで受けるだろうからな。さて、ボチボチ帰ろうか」

 話をしているうちにお互い5~6本のタバコを吸っていた。

「私も疲れたわ」

「とりあえず、駅までは一緒になるな。行こうか。」

「ええ」

 と二人は駅に向かって行った。


 後日、「訃報」を送ってきた彼から再び一通の封書が届いたが、俺は封を開くこともなく、「受取拒否」と書き、認印を押した付箋をその封書に貼り付け、近所のポストに投函した。

 その後も「差出人不明」の封書が何度か届いたが、それらは全て捨てた。


 しばらくして、彼からと思われる郵便物は一切届かなくなり、更にそれまで毎回参加していた同窓会にも一切姿を見せなくなった。


 以後、彼の消息は全く分からなくなった。


 この度は私の愚痴にお付き合いいただきありがとうございました。

 最近、こういった「訃報→冗談でした」の流れはSNSでよく見かけるようになりましたが、所詮「赤の他人」ですから、「悪趣味ないいね稼ぎ」ぐらいにしか思っておりませんでした。

 しかしながら、そうも言っていられない事になってしまい、私の怒りの意思表示として本作は書かせていただきました。

 とはいえ、少しふざけた部分もあるのは事実で、言い訳にしかなりませんが「こんな話でも入れておかないと怒りで本当におかしくなる」と自分自身の頭を冷やすために挿入いたしました。何とぞお許しください。

 私自身「善人である」などとは全く思っておりませんが、「人命を預かる仕事」に従事していた者としてあえて本作を書かせていただきました。

 改めて、ご覧いただきありがとうございました。


秋定 弦司

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