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委員長と問題児


 四月最初の登校日、それ即ちクラス発表の日。


 一年通って、すっかり乗り慣れた電車の中で英単語帳を開く。たまたま空いた席に座ることができて、今日はラッキーだ。


 高校二年生に進級した俺は、今日の重大イベントであるクラス発表に少しだけドキドキしていた。そのせいか、気が散ってしまってあんまり単語が頭に入ってこない。さっきから、同じところばかり繰り返し目で追っている。


 誰と一緒がいい、とか。

 あの人と同じクラスになりたくない、とか。

 そういうのは一切ないけれど、ただ普通に過ごせるクラスならいいなぁと思う。


 英単語そっちのけでそんなことを考えていると、車内アナウンスで、次が学校の最寄り駅だということを知らされる。結局、二十分間で一ページも進まなかった英単語帳をそそくさとリュックにしまった。


 同じ制服を着た生徒が数人、グループになって前を歩くのを追いかけながら、俺は一人でのろのろと学校へと続く一本道を歩いていた。


 学校が近づいてくると、自転車派やバス派、徒歩派も合流してどんどん登校している生徒の数が増えていく。



 「あ、委員長だ、おはよう!」

 「おはよ」



 学校の目の前にある交差点で信号待ちをしていれば、一年生の頃に同じクラスだった螺良(つぶら)が声をかけてくる。サッカー部のエースとして有名だが、今日は部活の朝練がなかったらしい。


 周りを取り囲んでいるメンバーも、きっとサッカー部の仲間なのだろう。圧倒的陽キャ集団のオーラが朝日のように眩しくて、目に染みる。



 「委員長と登校時間被るの珍しいね」

 「確かに」

 「あー、クラス発表ドキドキするなぁ」



 そのままサッカー部の連中と一緒に行くのかと思いきや、一緒に並んで歩き出した螺良は平然と会話を始める。一瞬、自分の感覚の方がおかしいのかと錯覚してしまうほど自然な行動。


 だけど、去年からこいつはそういう奴だった。

 一人でいる人を放っておけない、まさに太陽のような存在。



 「今年も委員長と同じクラスだったらいいなぁ」

 「……もう今は委員長じゃないけどね」

 「えー、そうなんだけど、委員長は委員長なんだよなぁ。名前で呼んだ方がいい?」

 「別に螺良が呼びやすい方でいいよ」

 「じゃあ、やっぱり委員長だ!」



 屈託のない、にかっとした笑顔を向けられると何でもよくなってしまう。


 一年生の時にクラス委員長を務めていたせいで、クラスメイト全員から「委員長」と呼ばれるようになってしまったのだけれど、進級して委員長の任を解かれてもこの呼び方は変わらないらしい。それほど馴染むあだ名をもらってよかったと喜ぶべきか、否か。


 うーんと考えていると、いつの間にか下駄箱前まで来てしまっていた。新しいクラス分けが書かれた大きな紙が張り出されていて、人集りができている。


 さて、お待ちかねの時間だ。

 二年A組から順番に自分の名前を探していく。


 枢木一織(くるるぎいおり)はどこだ。

 A組……ない。次はB組……ない。

 そして、C組…………、あった!


 自分の名前の少し後ろに螺良の名前も見つけて、ほっと息を吐く。彼がいれば、クラスの雰囲気が悪くなることはないだろう。



 「やったね、委員長! 同じだ! 今年もよろしく」

 「こちらこそ」



 ほとんど同じタイミングで名前を見つけた螺良がイェーイと差し出した手にグータッチを返せば、自分まで陽キャになったように錯覚してしまう。螺良って、すごい。周りを自分の色に染める天才だ。


 そんなことを考えていると、後からやってきてクラス分けを確認していた女子グループが突然「キャー!」と叫んだ。さながら、芸能人に遭遇したかのよう。興奮しているせいで、会話の内容も丸聞こえだ。



 「待って、(より)と一緒なんだけど!」

 「え、すご! 去年ずっと好きって言ってたもんね、おめでとう」

 「……隣のクラスだったら、体育は一緒だよね」

 「隣でもいいなぁ。私なんか、また窓から眺める組だよ」



 悲鳴の理由は、知らない名前だった。何をそんなに大騒ぎするほどのことが……、と思いつつ、自分には関係ないかと興味をなくしかけたときだった。螺良が渦中の名前を口にした。



 「あ、頼も一緒のクラスなんだ」

 「より?」



 顔が浮かんでこない名前に首を傾げていれば、今度は先程よりも大きな黄色い悲鳴が上がった。何だなんだと振り返れば、注目を一身に集めているにも関わらず、そんな周りのことなんて興味なさげに歩いてくるスラッと高身長の美男子。


 ――ぱちん。

 目と目が合って、「あ、」と思った瞬間、色のなかった彼の瞳が一瞬揺らいだように見えた。


 ん? と疑問に思っている間に、すぐにふいと視線を逸らされる。記憶の中を探ると、なんとなく見覚えがあるような気がするけれど、多分、話したことはないだろう。


 歓声の中心にいる相手にわざわざ絡もうという気も起こらない。クラスは分かったことだし、さっさと教室に行こうと思ったときだった。



 「遅刻もしないで、朝から来るなんて珍しいじゃん」



 螺良が一歩前に出て、親しげに話しかけた。顔の広い螺良のことだ、もしかしたら仲のいい友だちなのかもしれない。


 ……でもまぁ、俺には関係ないか。

 淡白な結論に至った俺は、美男子の方に歩いていく後ろ姿に声をかけた。



 「先に教室行ってる」

 「え!?」



 そもそも、一緒に登校しようなんて約束したわけじゃないし、なんか流れでここまで来ちゃっただけだから。誰かと一緒じゃないと嫌だなんて、そんなのは小学生で卒業したし、ただ教室に行くだけだ。一人で平気。


 そう思っていた俺は、すぐに足を止めて振り向いた螺良の表情に目をぱちくりさせた。



 「何でそんなつれないこと言うんだよ」

 「いやだって、仲良いなら積もる話もあるかなと思って……」

 「はぁ……、委員長って、いっつもそう!」



 螺良は頬を膨らませて、不満そうな態度を隠そうとしない。どうしてこんな観衆の目の前で、俺は朝っぱらからダメ出しされているのだろう。



 「俺なりに気を遣ったつもりだったんだけど……」

 「そんなのいらないから。何で同じクラスなのに別々に行こうとするのか、理解に苦しむわ」

 「螺良は同じだけど、その、」



 美男子はまだクラスを確認してないだろう。

 そう言いたいけれど、流石に本人を前にそんなあだ名で呼べるわけがなくて吃ってしまう。


 すると、言いたいことは伝わったのか、居心地悪そうにしている美男子の背中をバシッと叩いた螺良がニカッと笑った。



 「何だ、そんなことか。頼も同じクラスだから大丈夫! な、一緒に行けばいいだろ」



 えー、気まずい。すごく気まずい。

 ……とか、そんな本音を言ってはいけないことぐらい、俺でも分かる。


 リアクションに困っていると、ずっと黙ってやりとりを見守っていた美男子が口を開いた。



 「なんかごめんね」

 「いえ……」

 「『はじめまして』なのに、気遣ってくれてありがとう」



 やたらと「はじめまして」を強調された気がするけれど、これは果たしてただの気のせいだろうか。そう思うけれど、柔和な笑みを浮かべる彼につっこむ気力はなくて、再び「いえ……」と返すしかなかった。



 「え、二人はじめましてなの?」

 「うん、そうだよ」

 「…………」

 「マジ?」



 そんな俺たちのやりとりを傍で見ていた螺良の不思議そうな声に肯定を返せば、疑いの目を向けられるのは美男子の方。



 「だってお前、ずっと、」

 「三枝頼(さえぐさより)。これから同じクラスだし、俺とも仲良くしてね」



 何かを言いかけた螺良を遮るように、自己紹介を始める美男子、改め三枝。


 名前を聞いて「ああ、そうか」と納得する。さっき、女子が大騒ぎしていたのは、こいつのクラス分けを確認していたからだろう。


 今だって、ざわざわしている声と視線がうるさく感じるのに三枝だけは当たり前のようにしていて。こんなにも注目の的になっているところを見れば、納得する。俺の知らないだけで、どうやら三枝頼は学校一の人気者だったらしい。



 「どうも、枢木一織です。まぁ、それなりによろしく」

 「ふふ、それなりに、か……」



 そんな三枝と連む未来が見えなくて、作り笑いでやんわりと遠回しに誤魔化せば、笑われてしまった。その顔が少し憂いを帯びていて、美男子はどんな表情をしても絵になるなぁと、そんな顔をさせた当事者なのに他人事のように考えていた。


 結局、三人で向かうことになった教室。廊下でも階段でも、すれ違う生徒の視線は隣に並ぶ男に釘付けだ。そんな彼を見上げると、あまりの顔の整い方に感心すらしてしまう。



 「なに?」

 「いや、綺麗な顔してるなぁと思って」

 「……そんなに見られたら、恥ずかしいんだけど」

 「あ、ごめん」



 まじまじと見すぎたか。

 思った通りのことを伝えれば、ふいと顔を背けられる。


 顔を見れなくなったのが少し残念だった。けれど、三枝がどんな表情をしているかは分からなくても、その耳が赤く染まっていて、かわいいとも思った。


 三枝の奥で、螺良がニヤニヤと全てを掌握してますみたいな顔をしているのが何故かイラッとしたけど、触れたら負けだと思って何にも言葉はかけなかった。


 そんなこんなでやって来た、二年C組の教室。


 進級した初日ということもあるからか、廊下の時点でなかなかに騒々しかったけれど、多分一番盛り上がっているのがこの教室だ。


 理由は明白、隣に立つこの男が原因だろう。自分は関係ないかとさっさと教室に入ってしまって、座席表を確認する。


 窓側から二列目の一番後ろの席。

 見慣れた顔に挨拶しながら席に向かう。

 リュックを開けて荷物を出していれば、隣の席の椅子を引く音がする。


 隣は誰だろうと顔を上げると、綺麗な微笑を浮かべた三枝が隣の席に座ってこちらを見ていた。頬杖をついているのも様になっていて、雑誌から切り取ったみたい。



 「よろしく、お隣さん」

 「うん」



 どうも、とよそよそしく会釈して、荷物の整理に再び取りかかる。壁を作りたいわけじゃないけれど、今まで絡んだことのないタイプだからどう接するのが正解なのか分からない。まだ視線を感じるけど、あえて気づかないふりをした。


 すると、オラついている不良集団が隣の席に群がり始める。人気者は何もしなくても輪の中心にいるんだと、分からされた気がした。



 「頼じゃん、おはよー」

 「初日から登校するとか、今年は優等生にでもなんの?」

 「いやどうせ授業始まったら来なくなるに一票」

 「はは、確かに! 担任泣くぞ〜」



 笑い声の真ん中で、何も言葉を発さない三枝。そんな態度を気にすることなく、彼の話で盛り上がる周り。


 話の内容が日常会話のようなものならよかったけれど、少し棘というか、悪意みたいなものを感じてしまって、無意識に眉間に力が入った。


 聞いているだけの俺でさえ、馬鹿にしているのかと不愉快になるのに。話のネタの張本人である三枝は何も言わずにぼーっとしているだけだった。


 虚しい。三枝の人気に肖ろうという魂胆が見え透いている。こんな奴らに毎日囲まれるぐらいなら、そりゃ教室にも行きたくなくなるよなと納得した。



 「また頼と同じクラスでラッキーだわ」

 「今年は去年よりも登校日数増えるか、賭けでもする?」

 「あの!」

 「あ?」



 心の中を靄が覆っていく。さっきまでの晴れやかな気持ちはどこに行っちゃったんだ。


 理由なんてないまま、気づいたら声を出していた。視線を落としていた三枝が目を丸くしてこちらを見ている。


 そんな三枝の周りは、突然割り込んできた部外者に苛立ちを隠そうともしない。振り向いた目は鋭かったけれど、俺を確認すると「なんだ」と力を抜いた。



 「あー、誰かと思ったら元A組の委員長か」

 「もう先生来てるので席についてください。貴方たちが座らないと、ホームルームを始められません」

 「おー、怖。ちょっと喋ってただけなのに、これだから真面目くんは」

 「早く座りなよ」

 「何だよ、頼まで真面目ぶっちゃって。分かったよ」



 教壇の前でおろおろしている、去年も担任だった桃ちゃん先生こと桃山先生が目に入って注意すれば、その目にまた苛立ちが宿る。


 俺らに向かって舐めた口、利いてんなよ。そう目が言っている。ふざけた口調をしているけど、「俺らに指図すんな」と思っているのは火を見るより明らかだった。


 けれど、そんな彼らに鶴の一声。三枝が落ち着いた声で端的に注意すると、周りは大人しく自分の席に戻っていった。



 「……ごめん」



 三枝をあの輪の中から救い出したくて、だけど結局自分一人じゃ何もできなかった。やっと始まったホームルームの最中、小さな声で謝れば三枝は目をきょとんとさせる。


 思い上がってんなよ、俺。

 俺が口を挟まなくとも、三枝は一人であの場をやり過ごすことができたはずだ。なんか、独りよがりの偽善だったなと思ったら、無性に恥ずかしくなって視線を逸らした。


 ――くいっ。

 突然、右手の袖を引っ張られる。

 何だと思って見ると、不満そうにきゅと口を結んだ三枝がこちらをじとりと見ている。



 「ありがとうぐらい言わせてよ」

 「……」

 「嬉しかった」



 何も言えない俺に、そう笑いかける男のことをまだよく知らない。だけど、他人をよく気にかけていて、優しくて。顔が良いから人気というわけではないことは、出会ってすぐの俺でもよく分かった。


 三枝は、何でも一人でできるタイプの人間だ。

 友人とはまだ言えない、ただのクラスメイト。それなりに距離を保ちつつ、困っている時は寄り添える人になりたいと思った。


 ――……そう、思っていた時が俺にもありました。

 

 進級して、一週間が経った。

 木曜日の六限目、LHRの時間。



 「今日はこのクラスの委員と係を決めます」



 桃ちゃん先生がそう言うと、クラスは一斉に沸き立った。女子は仲の良い友だちと目配せし合って、男子は「お前、何する?」と声を張り上げる。


 俺は別に何でもいいなぁ……。

 去年委員長をやったのだって、誰もやりたがらなくて全く決まらなかったからだ。流れに身をまかせようと静観していると、隣から視線が突き刺さる。



 「何やるか決めた?」

 「さぁ……、何でもいいかな」

 「ふーん」



 自分から聞いてきたくせに、つまらない返事に興を削がれたのか、三枝は頬杖をついて前に向き直った。



 「まずはクラス委員長、やりたい人は手を挙げて」

 「…………」



 桃ちゃん先生の言葉に、さっきまで大騒ぎしていたクラスメイトは一斉に口を閉ざす。しーんと静まり返った教室。下手に口を開けば槍玉に挙げられる、それをみんな分かりきっているのだ。



 「立候補する人はいないか……」



 桃ちゃん先生が残念そうに教室中を見回す。ぱちんと目が合った気がして、去年も泣きつかれたことを思い出した。



 「じゃあ、この人がいいんじゃないかって推薦できる人は? 一週間も過ごせば、クラスメイトの人となりぐらい先生より分かっているだろう」



 これまた口を開きにくいことを言う。友だちの名前を出せば裏切ったのかと後の友情に響くし、逆に全く絡んだことのない名前を出せば嫌がらせと思うだろう。


 そんな状況で名前を挙げるのは――……



 「枢木がいいと思いまーす」



 そうだよな、お前たちは俺のことを嫌ってるもんな。

 悪意があからさますぎて、最早笑えてくる。


 やってやったぞと謎の達成感に包まれ、ドヤ顔でこちらを見てくるのが正直鬱陶しい。三枝の取り巻きたちは、どうしても俺に一泡吹かせたいらしい。



 「枢木、どうだ?」

 「まぁ、他にいないならやってもいいですけど」

 「他に推薦したい人がいれば、手を挙げて」



 桃ちゃん先生の声に反応することなく、クラスメイト全員が視線を逸らすばかり。



 「じゃあ、枢木に決定。みんな、拍手!」

 「あの、先生。一つだけいいですか」

 「うん、何だ?」

 「推薦された側だけが役職につくのは不公平なので、推薦した人も何か委員会に入るべきだと思います」



 真面目くさった顔でそう言うと、隣から噴き出す音が聞こえた。


 去年もやったし、別に委員長をやりたくないわけじゃないからどうだっていいのだけれど。ニヤニヤした顔で、わざとらしく拍手している奴らが気に食わない。


 誰もやりたがらない役職に就いたのだから、というのを建前にすれば、周りも「確かになぁ」と頷いた。



 「委員長がこう言ってるんだし、風紀委員とかやっとけば」

 「あ、いいじゃん」

 「俺も螺良に賛成!」



 最初に乗っかってきた螺良の言葉に「賛成」の声が繋がる。隔週で早朝に登校して、生徒の制服チェックをしないといけない風紀委員は、委員長の次に圧倒的不人気だ。



 「じゃあ、風紀委員も決まりだな。よろしく」



 反論する暇もないまま、決まってしまった風紀委員という役目に、先程までとは打って変わって肩を落とす取り巻きその一、改め味田(あじた)


 そんな彼の様子を気にすることなく、呑気な桃ちゃん先生は話を進める。



 「風紀委員が味田に決まったところで、次は副委員長だね。やりたい人、いるかな」

 「はい」



 また誰も手を挙げないと、思っていた。

 さっきの流れを見て、どうせくじ引きで決めることになるだろうと、多分みんなが思っていた。


 いつものように頬杖をついたまま、やる気なさそうに手を挙げたのは、三枝だった。驚きのあまり、隣を凝視してしまう。



 「え、頼が副委員長なら委員長やってもよかったじゃん」

 「だよね、今からでも変えてもらえないかな」



 前の方の席で女子がひそひそと話している。予想外の立候補に混乱しているのがよく分かった。状況についていけてないのは女子だけじゃない、俺だってそうだ。



 「お! 三枝、副委員長やってくれるか?」

 「はい」

 「じゃあ、三枝に決定! 拍手!」



 戸惑いの疎らな拍手の中、俺の方を向いた三枝はその美しい顔に笑みを浮かべて囁いた。



 「よろしくね、くるちゃん」

 「……くるちゃん?」



 初めて言われた、馴染みないあだ名を反芻する。

 すぐに前に向き直った三枝は、さっきよりもずっと機嫌が良さそうだった。

 

 そうして、LHRが終わり、全ての委員会と係が決まった。体育委員に決まった螺良が、唇を尖らせながら俺の席までやって来た。



 「何その顔、体育委員やりたかったんじゃないの?」

 「やりたかったけど、そうじゃない」

 「んー?」

 「俺が腹立ってんのはあいつら」



 そう言う視線の先は、まだ落ち込んでいる味田を元気づけようとしている集団。最早、三枝の取り巻きというより、味田軍団だろという気がするのはこの際置いておこう。



 「委員長が今年も変わらず委員長なのは俺もしっくりきてるけどさ、あいつらのやり方は納得いかない」

 「螺良……」

 「委員長がやり返したの見て、ちょっとすっきりしたけどね」

 「ありがと」



 いつも明るくて、誰にでも優しい螺良がここまでなるのは珍しいと思ったら、俺のために怒ってくれていたらしい。他人のためにここまで怒れる螺良は、やっぱり良いやつだ。



 「それにしても、頼が副委員長やると思わなかったからびっくりしたんだけど。前からそうするつもりだったの?」

 「いや……」



 螺良にツッコまれて、何故か気まずそうに視線を落とす三枝には俺も立候補した理由を聞きたかった。


 この一週間、授業に全く参加しないと聞いていた三枝は、毎日休むことなく教室に顔を出していた。新学期が始まってまだ五日しか経っていないのに、百パーセントの出席率を確認した職員室では、歓喜の声が上がったとかいう噂まである。


 どれだけ問題児扱いされてたんだと呆れそうにもなるが、いろんな人から「不良だ」「問題児だ」と言われている三枝にとって、委員会なんてめんどくさいものは参加する気さえ起きないものだと思っていたのに。どういう心境の変化なのだろうか。



 「じゃあ、何で急に立候補したのさ」

 「……くるちゃんが委員長だっていうから、釣られたというか、気づいたら手挙げてたというか」

 「俺?」

 「はーん、そういうことね。分かった、分かった」



 耳を赤くした三枝が、手で口元を隠しながらぼそぼそと小さな声で言い訳をするみたいに白状するけれど、その理由に更なる疑問が追加される。しかし螺良は納得したのか、訳知り顔でニヤニヤ頷くと、満足そうにしながら自分の席に帰っていった。



 「どういう意味……?」

 「ほら、くるちゃん。先生来たから、号令」

 「お前なぁ……」



 俺だけ意味が分かってないのも、なんかムカつく。けれど、問いただそうとしたところで、桃ちゃん先生がSHRを始めるためにタイミング悪く教室に入ってくる。


 話題を逸らされた先が委員長としての役目なら、俺はそれを甘んじて受け入れるしかなかった。そんな俺の扱い方がバレているのも、俺ばっかり知らないことだらけなのが明白になったようで、ちょっぴり不愉快だった。



 「起立」



 不機嫌にそう声を上げる俺の隣で、三枝は下を向く。そんな彼がじんわりと広がる喜びを必死に隠そうとして、けれど口角が勝手に上がってしまうのを止められずにいたなんて、俺は全く知る由もなかった。


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