金6
授賞式から1週間経った。
式後の担当からの連絡は事務的なものだった。
『インタビューの放映日の連絡です。』
『重版が決まりました。』
『累計100万部です。』
テレビで自分の顔が映らなくなり、着ていたドレスがクリーニングから戻ってきた頃に担当からメールが来た。
『お疲れ様です。次回作の打ち合わせをしたいのですが、ご都合の良い日をお知らせください。』
(次回作?)
次回作の依頼に驚いたわけではない。
私もそれを踏まえて構想を描いていた。
部分部分は文章化もしてある。
例のサイドストーリーも話せる程度には考えてある。
驚いたのはこれまでの担当から依頼が来たことだ。
次の担当に引き継ぐとも書かれていない。
蓋を開けたら新担当ということもあるかもしれないが⋯。
作家の担当が代わることはままあることだ。
一人前の編集者になる前は単なる一社会人だ。
作家につきながらノウハウを学んでいく。
どれだけの場数を踏んだかが物を言う仕事だろう。
とある若手の作家が売れるか売れないかということは、もちろん作家自身の文才によるものだが編集者の力量も多分に影響する。
編集者の手腕が作品の良し悪しを左右することもある。
アイデアはあるが表現力に欠ける作家を編集者が育て上げ、ベストセラー作家に導くということもあるだろう。
こだわりが強く気難しい作家や、我を貫く作家の担当は代わりにくい。
変わる方がリスクだし、若手編集者の教育には向かない。
一方私は新人教育向けだろう。(自分で言うのもなんだが。)
恋愛や性といった若者向けのテーマだし、私自身が編集者と一緒に作り上げていくというスタンスを取っているからだ。
私の文を読むのは大多数が人間の女性だ。
人間の感性と大きくずれていないかというのは気になるところだ。
現代の倫理観に逸脱していないか、嫌悪感を持たれないかという点は一番気をつけている。
私に担当がつくとなった時、こういった点を気軽に相談できる編集者をと希望した。
そして担当になったのが彼女だった。
彼女にとって私は初の専属作家だった。
プライベートなことは話さない性格なのか仕事の話以外はあまりしない。
彼女は私の作品の一番のファンでもある。
私は書き上げた作品の原稿を渡す時、家に来てもらって目の前で読んでもらうようにお願いしている。
仕事柄一番最初に読むというのはもちろんだが、読んだ反応を見たいというのが大きな理由だ。
うるむ瞳、淡く染まる頬、小さく息を飲む音、ほんの少し漏れる吐息。
これらを感じ取りたいため、私は彼女が読む姿を静かに見つめている。
彼女はゆっくりと時間をかけて読む。
時々前に戻って読むこともある。
そして読んだ後は好きな場面について語るのがお決まりになっていた。
新人だったこともあるが彼女は私の作品にダメ出しすることはなかった。
人間の女の子としてのアドバイスが聞きたくて私から相談をすることの方が多かった。
天津明という作家がこの世に出ることができたのは彼女が担当であったからということは間違いない。
(お世話になったなぁ。)
すでに過去形になっている。
私も、そして恐らく彼女も、授賞式を機に担当変更となると思っている。
控室でお祝いの言葉をもらった時の表情がその証拠だ。
お互いにコンビ解消を予期してのことだった。
会社側から見れば私が売れるまでの過程を新人編集者に見せることができたわけだ。
すでに売れてしまった私はステップアップできる"教材"とは言えないのだ。
もちろん彼女が担当でなくなるのは痛手だが、彼女のことを思うからこそ身を引く―――というと大げさだが、彼女には前に進んでいってもらいたいと思う。
『特に予定はありません。担当さんのご都合に合わせます。』送信―――
ほどなくして返信がくる。
『ありがとうございます。では来週の月曜日にお伺いします。』
担当一人なのだろうか。
誰かと共に、とは書かれていない。
考えても仕方ないのでまたPCに向かう。