金4
その後は特に何事もなく会社へ着いた。
エントランスでは担当が待っていた。
「先生、お待ちしてました。こちらです。」
「遅くなってごめんなさい。ちょっと電車内で色々ありまして⋯。」
言い訳をしようとしたが担当の様子がちょっとおかしい。
「⋯西風さん?」
「あ⋯いえ、大丈夫です。さぁ、行きましょう。」
今の間はなんだろうか。
少し気になったがすぐに私を奥のエレベーターへ促した。
私はエレベーターの中で、もう一つ気になっていたことを聞いてみた。
「あの、サロン代なんですがすでにお支払い済みって言われたんですがよかったんでしょうか。」
「はい。予約した時に支払いは済ませておきましたから。先生に出していただくことはありません。」
「そ⋯そうなんですか?あ、でもこのドレスは?」
「ドレス代も含まれてますので。」
レンタルとは言われなかった。
買い取りならばその分くらいは自分で負担するのが筋だろう。
「ならせめてその分だけでも⋯。」
「大丈夫です。経費ですから。会社側のOKももらっています。」
「そうなんですか⋯。」
(そういうものなのか?)
疑問に感じながらエレベーターは上層階で止まり、応接室に通される。
そこには会社の上層部と思わしき方々が数名いて談笑していた。
私を見つけると口々に「やっとお出ましですな」「噂に違わずお美しい!」などと賛辞を飛ばす。
軽く会釈をしながら挨拶をしていると編集長が話し始めた。
「えー、長らくお待たせいたしました。今日まで本当に長かったですね。私が一番首を長くして待っておりましたが!」
笑いが起きる。
何人かは大きく頷いている。
(嫌味か?)
「話せばさらに長くなりますのでね。改めて皆様方にお話することもありませんから、もういいですよね!」
(ん?説明なし?)
実のところ、私自身がこの会合の意味を知らされていなかった。
これまでも社内での顔通しだとか、今後のテーマについて社内アピールだとかで呼び出しがあったのだが、必要性を感じなかったし外に出ることのマイナス要因の方が大きかったのでなにかと理由をつけてスルーしていた。
よく考えたら失礼な話だけど⋯。
「さぁ!では参りましょう!」
ガヤガヤと雑談をしながら全員で部屋を出ていく。
私も一緒に流されて外に出る。
担当に話を聞く間もなく1台の車に乗せられた。
編集長、上層部の一人(たしか営業部だったかな?)、担当、私で乗り込み出発した。
ようやく後部座席の隣に座る担当に問うことができた。
「あの、どちらへ行かれるのですか?」
答えたのは担当ではなく助手席に座る上層部の人だった。
この人は私の特性も理解しているのだろう。
あえて私の隣には座らず、担当が後部座席に座ることを促していた。
朗らかな紳士な方だ。
「おや?その様子だとまだ伝えていなかったのかい?本当に厳重警戒なんだねぇ。」
クックッと笑いをこらえる上層部の横でハンドルを握る編集長が苦笑いをしながら続けた。
「厳戒体制ではありますね。今日のために担当は企画書まで作りました。まぁ、ほぼ拉致計画書でしたけどね。」
(拉致⋯)
横目で担当を見ると感慨深そうに目を閉じて頷いている。
サロン代が経費と言っていたが本当のようだ。
申請する方もする方もだが、受理する方もする方だ。
「それで、いつまで引っぱるつもりだい?」
上層部が聞くと担当が答えた。
「着いたらお話します。」
「はっはっは!うまくいくことを願ってるよ。もちろんお手伝いはさせてもらうよ!」
「ありがとうございます。」
(⋯。)
しばらくするととある建物の地下駐車場へと入っていった。
ちらっと見えた案内板には施設名が書かれていた。
――キュプロスホテル――
(!)
都内でも格式高い一流ホテルだ。
著名人が結婚披露宴を催したり記者会見が開かれたりと、誰もが知る有名ホテルだ。
有名ホテルにも驚きだが直接駐車場に入っていくのも不思議だ。
普通、こういうところだと車はボーイに預けて正面から入るものではないだろうか。
私はともかく重役がいるのだから。
まぁ、人の目が少ないのはありがたいが。
「では私は先生と一緒に待機いたします。」
「了解。では後ほど。」
車から降りると、上層部の人と編集長、担当と私に分かれてホテル内を進む。
私達は私の名前が書かれている部屋に落ち着いた。
控室のようだ。
「おかけください。何かお飲みになりますか?」
「いえ、大丈夫です。それよりそろそろ教えてくれないかしら。」
荷物の整理をしようとしていた担当はその手を止めてこちらへ向き直った。
「わかりました。ご説明します。本日はこちらで先生の授賞式が行われます。」
「!」
「恋愛ノベル大賞です。おめでとうございます。天津明先生は大賞を受賞されました。」
担当の表情は複雑だった。
嬉しさと気恥ずかしさ、そして我が事のような誇らしさが感じ取れた。
そしてほんの少しだけ寂しさも⋯。
私は一言「ありがとう」とだけ言った。
きっと私も担当と同じ顔をしていただろう。
私は彼女と一番最初に会った時のことを思い出していた。
私の担当となって初めての顔合わせの席だった。
深々とお辞儀をしてから顔を上げた彼女ははっと驚いた表情をしていた。
頬は高揚し瞳をキラキラさせてうっとりとしていた。
そう。
今しがた会社のエントランスで私を見つけた時と同じ表情だ。
彼女もまた金星の力に影響を受ける人間の一人だった。