金3
駅に着いて電車に乗る。
会社の最寄り駅までは15分くらいだ。
サロンからの道中も駅のホームでも周囲の視線を感じる。
注目されることは嫌いではないし、むしろ昔は好んで注目を集めるようにしていたこともあった。
だが今はなるべく目立たないように、人目につかないように生活をしている。
この土地の人達は私の力に慣れていない。
その上、自国の宗教を信仰しつつも他の神話や伝説の受け入れに寛容なところがある。
占星術や天体観測は人気の娯楽だ。
私達のことを受け入れてくれることは嬉しいのだが悩ましいところだ。
こんな悩みは私だけかもしれないが⋯。
影響を受けやすい人の中には前後左右を見失い私に向かって車道に飛び出してしまう人や、恋人と一緒にいるにもかかわらず私のそばに来て離れなくなってしまう人もいる。
私はトラブルを引き起こしたいわけではなく、ましてや人の命を奪いたいわけでもない。
だから普段は無闇に外に出ないようにしているのだ。
やむを得ず出た(主にコンビニ)としてもよれたシャツにジーンズという格好だ。
ほどなくして電車が来た。
今のところ、そこまで重症になる人は見られないまま電車に乗った。
車内は少し混雑していて立っている人も多い。
私も適当なところに立って手すりのポールを握った。
電車といえば痴漢も悩みどころだ。
今更私が痴漢に遭ってもなんとも思わないが、第三者に発見されれば通報される。
相手を犯罪者に仕立ててしまうこともある。
だったらタクシーを使えば?と思うかもしれないが、それはそれで問題がある。
狭い車内で2人きりになると危険なこともある。
フェロモンが充満するイメージだ。
運転に集中できなくなるくらいならまだいい。
そのまま連れ去られるのはさすがに遠慮したい。
そんな理由で、ある程度広く何かあれば車両を移動できる電車が一番リスクが低いと考えている。
中には本当に卑劣な輩もいる。
ならばおとり捜査にでも協力したいものだが、残念なことに私には卑劣な輩と単に影響を受けてしまった人との区別がつかない。
パートナー一筋の人間でも影響を受けやすいだけで人生を狂わせてしまうこともあるのだ。
トラブルメーカーになってしまうのだけは避けたい。
私はここが好きだ。
そんなことを考えていると一人のご年配の女性に目が止まった。
足が悪いのか電車の揺れで時々よろけている。
その方の近くには―――優先席。
座っている人達は皆若そうだが鞄を抱えて下を向いて寝ているようだ。
(いや、違う。寝たフリしてる。)
私は自分の力をコントロールできないが、意識を集中することくらいはできる。
優先席に座る一人の若い男性に視線を集中してみる。
すると男性は顔を上げて周囲を見回す。
私と目が合う。
私は掴んでいたポールに腕を絡ませ首をかしげて見せる。
瞳を潤ませ口は何かを囁くように少し開けてみる。
瞬きをゆっくりと1回、2回。
口を閉じて口角を少し上げる。
微笑んでみる。
男性ははっとしたように目を見開いた。
鞄を抱えたまま立ち上がり、私の方へと歩き出した。
目線はまっすぐ私に向けられている。
私も彼を見つめる―――ように見せて、その先のご年配の女性を見る。
女性と目が合う。
私は片目をパチンと閉じて合図をした。
年配の女性はクスッと笑いながら会釈をして席に座った。
一安心したところで私は開いている電車のドアからさっと降りた。
そしてドアが閉まる。
男性は一瞬驚いた表情をした後、ちょっと情けない顔に変わった。
(ごめんなさいね。)
小悪魔な表情というものだろうか。(神だけど)
男性はしばらくはその余韻に浸っているだろう。
席を立ったことにも気づかずに。
(私は愛の女神だけど、愛情は男性だけに向けられるものではないのよ?)
電車は1本遅れてしまったが、こんな理由なら許してくれるだろう。
そう言えば、担当にもこの技は使えるのかしら。
名案かと思ったが、彼女もまたあのタイプの人間であることを思い出して首をフルフルと振って払拭させた。