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4-1 主役の背中

「待てよ時舛」


 放課後。新校舎のクラブ棟。チャイムが鳴ってすぐの人気のない廊下。新聞部と放送部と合併して出来たニュースメディア研究会の部室の前。


 田口は旧友を呼び止めた。


 旧友は一人、振り返ることはなかった。放課後の西日だけが強く彼を射した。


 目を奪う逆光の廊下、触れることの出来ない春風、無音で揺れる掲示物、色のない花びらが揺れ落ちる誰かの足元。

 そこに突っ立つカッターシャツの白さ。煌めく髪の繊細さ。

 その後ろ姿は皆と同じ制服の姿。けれど皆よりも細く見えるスラックス。汚れも皺もなく、くっきりと折り目のついた、スタイル抜群の長い脚。彼の腰にだけ馴染む古い革のベルト。いいものを使い続ける彼の美学。


 今日もカッターシャツの裾はきっちりと入れている。


 ――中学の頃、アイツは一度だけカッターシャツの裾を出したことがあった。

 ヤンチャはみんな裾を出したがるものだけれど、アイツが真似をした時のソレは、ひどくだらしなく見えたから、お前みたいに脚の長い奴は裾を出さなくてもカッコいいと言った。

 するとアイツは、二度とカッターシャツの裾を出さなくなった。


 素直な奴。優しい奴。誰にでも笑顔で話してしまう奴。


 黙っていれば後ろ姿にもオーラが滲み出る。口を閉じていれば、舐められる男ではないのに。堤程度の女が手を出していい男ではないのに。迫られたら答えてしまう。面白さのためにカッコよさを平気で捨てる。


 昨日の昼休み、守本は調子に乗って俺とお前を呼び寄せたよな。

 お前の席はココじゃだなんて言って。守本なんて本当は、お前が片手で侍らせてもいい女だと思うぜ――。


 田口は口を開いた。


「実は昨日の放課後、宮奈が俺の部室に乗り込んできてさ、俺もアイツに言われたよ。いくら面白くてもノリで風紀委員にさせるなって。委員決めの最中にギャグ振るなって。だから――」


 ゴメンと言おうとした。

 その時、光が振り返って廊下を照らした。あるいは彼自身が振り返ることで、二人の間に光を創り出した。


 とどのつまり、アイツはそういう風に、自分がカッコよく映る所作をよくわかってるやつだった。


 きっと窓際で止まったのも、そこで光と風を受ければ、自分の髪が煌めいて見えると解っていたからだろう。そこで振り返るのが画になると解っているんだろう。


 アイツには学校が舞台に見えている。


 いつも観客という名のクラスメイトとの距離間を探ってる。光や風とすらも特別な関係性を見出す。関わるもの全部を味方につけて、皆を劇の出演者にしてしまう。


 さあ主役はなんと言うだろう。俺とお前は今、どんな関係でいればいいのだろう。

 主役は逆光のベールに守られたまま、表情までは見せてくれない


 だから、声だけが届く。


「気にするな。俺達、友達だろう」


 ああ、なんてキザなセリフ。なんて気取った低い声。

 けど、顔の見えない時はこれくらいで行けってことか。声だけで全部解らせろってことか。


 いいぜ、こっからオレ達気取って行こう。シンプルかつハイセンスでいこう。ドライでそして熱く行こう。


 田口は答える。


「ああ。十年前からずっと」


 ――やり取りはそれだけ。女じゃない俺達に、長い言葉はいらない。

 親友の背中は光の先へと消えていく。

 田口もまた踵を返す。


 光は馴れ合いを嫌う狼のように冷たく、だが一度駆けだせば止まらぬほど熱く二人を射している。お互いが譲れない想いを胸に隠したまま、ゆっくりと正反対の方に歩いてく。


 ……が。


「僕も友達だぞおお! 時舛うぅぁあああああ! 僕も友達だからなあああああああああ! 僕は七年間だああああああああああああああ!」


 暑苦しい眼鏡の男が田口の隣で叫んでいた。空気ぶち壊しだった。一気に場が転換して、まるでギャグ漫画の世界観になった。


「僕がお前を守ってやる! 生徒会の僕がお前の自由を守るからああああああああああああ!」

「上田。空気を読め上田」

「なに? 今、僕の物語では時舛への愛が爆発するシーンで」

「お前が主人公の物語じゃねえよ! 時舛が主人公だろうが!」

「時舛あああああああああ! お前が主人公だあああああ! お前が主人公だああああああああああああ!」


 だめだこりゃ。

 せっかくカッコいい時舛のシーンが、我が子が出番の運動会みたいになっている。

 雰囲気台無しである。応援などせずとも俺達は解りあっているというのに。


 田口は逆光の廊下を見つめる。

 この道は決して徒競走の順番待ちレーンではない。出撃前の男が最期の感情を捨て去るために歩く、ほんのわずかな時間なのだ。


 光の道。長い脚、他の男とは違う背中、遠くなる上靴の音。


 上田の応援の声に負けて、再び奴が振り返る。その時ちょうど雲がさして、光が俺達に道を譲ってくれた。

 一瞬だけ見えたその顔は、やっぱり徒競走の順番を待つ小学生のように笑っていた。



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