夏こそラーメン。春もラーメン。
瀬田の妹が来た。
あのセールスマンの実の妹で、彩奈と名乗った。
今回の彼女の要件は、ぼくに恋人を作らせることだそうだ。
彼女らは、兄の瀬田を含め、ぼくの個人的な事情に詳しい。
探偵を雇って調べているのか、彼らがそうなのか?
あるいは、本当は未来からやってきたぼくの子孫で、未来のぼくが資金と技術を提供して、ぼくの孫である瀬田をタイムマシンで送り込んだのか。
五月になって、気温は上がり、屋外の仕事が多いぼくは、昼休みに木陰で涼をとりながら、とりとめもない空想を巡らせた。
ある意味で、埒が明かないと判断した瀬田が、新しいキャストを用意して、妹と名乗らせ、彼自身の存在を肯定するために、あるいは実現できるように、過去のぼくの生活全般を改善しようと試みているのか。
ぼくは空想の中で、瀬田に似合う「右衛門」はなにかと考えた。
どら焼きが好きなら、あのキャラクターになってしまうし、「柿」とか「今」とか「源」とかつけてしまうと、有田焼きの名家になってしまう。
最近、ニホンミツバチを飼い始めたので「八右衛門」とか、金魚が好きなので「金右衛門」も悪くない。
蜂蜜が採取できたら楽しいな。
なら「ミツエモン」はどうかとか。
白い髭の黄門様?
こうなると妄想も空想も加速する。
日曜になって、瀬田の妹の彩奈とドライブすることになった。
ちょうど良いタイミングで、隣の県の有名な神社の参道で、月に一度の蚤の市がある。
九州のラーメンは豚骨のスープが多い。
しかし、地域によって、細麺だったり、中太麺だったり、紅生姜を入れて食べたり、麺のお代わりが常識だったりもする。
福岡、博多系のラーメンは、細麺、替え玉(麺のお代わり)あり、茹で加減も選べる。
すこし南に下ると、熊本の北部、玉名市などでは、醤油系豚骨というのもある。
ちなみに麺の茹で加減は、「普通」「カタめ」「バリカタ」とあるが、方言で「とても」を「バリ」と表現するからだと思う。
「とても硬い麺でお願い」を「バリ、カタメ」とか「バリバリ、カタメ」とか言っていたのかもしれない。
「仕事、大変やったろ?」
彩奈は完璧な博多弁を使う。
瀬田のキャスティングには隙がないなと、ぼくは、未だ妄想の余韻を楽しんでいる。
「あちぃーし、汗かいたし、大変でした」
むかし上京したときに、言葉を矯正されたので、無理をして、意識しないと、タメ口も方言も話せなくなった。
「そうよねぇ。暑すぎよね。」
「たいがー、しんど!」
別に「鯛」が死んでいるわけではなかった。
もしそうなら「タイが、死んどる」となるはずだ。
「暑い!」
そう言いながら、ラーメン屋に入る九州人。
ノーマルで、お店のお薦めのラーメンを2杯。
「硬さは?」
彩奈は「あたしは、硬めで」と言う。
ぼくは「ハリガネ」
さらにそれよりも硬いのは「粉落とし」というのが、お店によってはあるらしい。
麺をお湯にくぐらせただけ。
製麺の粉を洗い流すだけというのが意味らしい。
「ハリガネ」は、ゆっくりと食べ進めて行けば、食べ終わる頃には、やや硬めの麺に茹で上がるかもしれない。
日清のカップ麺ならお湯を入れて1分で食べ始めるので、問題はない。
ぼくたち二人は、程よく冷房の効いた店内で、ラーメンを食べる。
食べ終わる頃には、二人とも汗ばむ。
右手でパタパタと扇いで風を送る彩奈の上衣が、微かに汗で透けている。
「暑いねー」
ニコニコと笑う。
あまり意識はしていなかったし、それほど魅惑的な化粧をしていなかったし、なんとなく瀬田の妹という設定が、同級生の妹的な感じの心理的効果を潜在的にもたらしていたので、油断した。
ちょっとだけ、この娘ならガールフレンドでもいいかなと考えてしまう。
はたして、これは瀬田のプランに嵌められたのか?
「恋人を作る」目標の標的が、彼の妹でも良いのか?
仮に彼がぼくの親戚に成り得たとしても、財産があるわけではないし、彼に利益はあるのだろうか?
あるいは、祖父からの依頼の中には、遺産として隠された大きな財産があるのだろうか?
今度は、ややダークな方へ妄想が動き出した。