「明るい未来をあなたに」
翌週の土曜日。
件のセールスマン氏が、またやって来た。
「今回、ご紹介いたしますのは『明るい未来』でございます」
またまた、尋常ではない胡散くささ。
「今度は、誰の依頼なの?」
前回の、既に他界している祖父の願いを叶えるという話しは了解したし、ぼくはかなり満足できたので、彼としては期待以上の成果だったのだろうと思う。
「今回は、あなたのお母さまの依頼ですよ」
すこし余裕が出て来たのか、穏やかな口調に加えて、彼の微笑みは、ほのかな親近感を含んでいる。
ぼくは、最近の数年間、仕事の報酬をもらえなかったり、お金と欲で、誰が真実を話しているのかわからないような人達と一緒に、流行病のようなビジネスに関わったりで、魂の底の方で、人間を信用できなくなっていた。
人間不信というより、トラウマなのだろうか。
それにしても、なぜ彼は「セールスマン」なのだろう。
弁護士とか、社会福祉士とかならどうだろうか。
まあ資格の有無もあるだろうけど、今はいない祖父とか、ぼんやりとしか顔を覚えていない母だとかの依頼を受けるには、初見で不利だと思える。
それとも、たんにぼくの中の先入観で、「セールスマン」を嫌っているだけなのだろうか。
などと、彼に誘われた昔ながらの喫茶店で、先代から受け継いだという、濃いめの焙煎のブラジルサントスをベースにしたブレンドで、ホイップした乳脂肪35%以上のクリームを浮かべた熱くて甘めのコーヒーを飲みながら、考えていた。
多少、妄想癖というか、自分の思考をだらだらと浪費する時間が幸せなので、そんなぼくを急かすでもなく、気を遣いながら待っているという様子でもなく、対面に座っているセールスマン氏もゆっくりとコーヒーを楽しんでいるだけ。
「私、マンデリンが好きなので・・」
「うん。」
この手の会話は得意ではない。
天然なキャラではないし、ツンデレのツンでもない。
特定のベクトルを含む人間関係に対して、文化的な免疫ができていないのだと思う。
あまり会話のない家庭で育つと、人間関係に言語というコミュニケーションツールを求めないようになるのだと思う。
「そいで。 要件は、進めなくていいの?」
ぼくなりに気を使ったつもりで、彼の言う「明るい未来」をどのように提案し、提示してくれるのだろうとの関心で、尋ねる。
美味しいコーヒーを飲んで、心地良いゆとりの時間を、与えてくれるでもなく、奪い去るわけでもなく、無理な共有を強いるでもなく、無味無臭な存在感ということでもなく、空気に喩えるなら、森林のマイナスイオンみたいな感じで。
もしかすると、彼は「風」を演出できる人なのだろうか。
ぼくたちの生活に影響を与えるときもあるし、ただ心地良く吹いているだけのときもある。
さりげなく、大気の移動を感じさせる程度の「風」は、イエスキリストが説いた「隣人」なのかもしれない。
結局、一緒にコーヒーを飲んだだけ。
なのに、ちょうど良く、ちょうど気持ち良かった。