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継承の味

「さて、どちらに向かうのでしょうか?」

セールスマン氏のスーツの着こなしは悪くない。

セールスマンというより、ネットワーカーぽくもある。

名刺は、個人商店のようでもあり、やはり、副業でネットワークビジネスをやっている人達に類似している。


そもそも、ぼくには祖父はいない。

母方の祖父はぼくが生まれるずっと以前に亡くなっていたし、父方の祖父も既に他界している。


仮に遺言があったとしても、なんでいまさらと疑問に思えるほど、時間が経っている。


ぼくは、10分ほどで到着するコーヒー屋さんまでのドライブ中に、そんなことを考えた。


目的のお店は、戦後の創業で、焙煎されたコーヒー豆の卸しもやっている。

戦中、スマトラで出会ったコーヒーに惚れ込み、手作りで手回しの焙煎の機器から始めた人が初代で、いまは2代目と3代目が店に立つ。


ぼくは、ほどほどの常連なので、3代目が応対してくれるときは、お薦めのコーヒーを注文したり、いつもと違うクセのあるコーヒーをと頼んだりする。

ぼんやりとした内容でオーダーしても、答えてくれるという信頼がある。

一流の料理人は、お客の体調や嗜好を察して、味の加減ができるというから、これでいいと思っているし、当てが外れても、それはオーダーする側の責任だと自覚している。


3代目は、コーヒーを淹れてくれる前に、こんな風味ですとか、こんな後味ですとかの説明をしてくれる。

香りを主にした、味はほどほどでもいいのでとか、謎の多い注文をしても平気な人なのだ。

しかも、その説明が的を射た表現なので、初めの頃は感心していた。

それを褒めると、そのように焙煎して、そのようにブレンドしているからですよと、驕るでもなく卑下するでもない。

仕事とはこうゆうものだと、また感心する。


祖父の依頼で来たというセールスマン氏は、アイスコーヒーを飲みたいという。

いつもありきたりでないものを飲みたいぼくは、めったにアイスコーヒーを頼まない。

この店は、水出しコーヒーなので、なおさら普段は手を出さない。


彼がアイスコーヒーを飲みたいのならと、カウンター越しに2代目に尋ねると、シェークして黒ビール風に泡が立つスタイルのものがお薦めという。

なら、セールスマン氏はそれ。

甘みはまあまあのところで。


ぼくは、シェークしないで、クリームをフロートするスタイルのアイスコーヒーを。

甘みはほどほどで。

あっ、ほどほどていうのは、それなりに甘いって感じですと、気持ちを伝えるべく補足した。


「うんまーい!」

言葉には出さなかったが、ニンマリとする。

セールスマン氏も喜んでいる。

「これは美味い!」


ぼくが住む町には、水出しコーヒー、いわゆる「ダッチコーヒー」を提供してく れるお店はなくなってしまった。

2代目さんの話しでは、水出しコーヒーは火を通さないからこそだと言う。

火を通すと、水出しコーヒーの良さが失われるそうだ。

それが故に、水出しコーヒーの評価が下がり、提供するお店が減ってしまったのだと話し、カウンター越しに、お互いのコーヒー愛を認めつつの交流が深まる。


普段から、一回の来店でも、お代わりが当たり前なのだが、コーヒーのカフェイン耐性の少なそうなセールスマン氏のペースを考えると、すこし遠慮した方が良さそうにも思える。

せっかくの水出しコーヒーの余韻を、別のホットなコーヒーで打ち消してしまうのも惜しい。


2代目さんに甘えるつもりで、テキーラのワンショットみたいな小さなグラスで、今飲んだアイスコーヒーより濃いのをキュッと飲めませんかと聞いてみる。

すこし思案した後、ショットグラスに濃くて甘いコーヒーを出してくれる。

隣のセールスマン氏にも。

「これはサービスしとくね」

って。


キュッと一飲み。

目がハート。


コーヒーの味はわからないけど、美味しいものはわかるって、セールスマン氏も大絶賛。

しかも、ショットのアイスコーヒーをすこし飲んだ後に、先のオーダーのシェークスタイルのアイスコーヒーを飲むと、また凄いって。


こりゃ、満点だわ。

さっきのナポリタンも満点だったし、二つ合わせて、300点くらいあったわって、なぜか旧友の気分のセールスマン氏とぼくは意気投合している。

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