昔ながらのナポリタン
「極上の時間をあなたに」
そのセールスマンは得意げだった。
「胡散くせーな」
ぼくは心の中でつぶやいた。
「で、なにを買うの?」
面倒なので、結論を言わす。
「はい。まずは、私に昔懐かしい『ナポリタン』をご馳走して頂けますか?」
なんだ、そんなことか。
友だちの少ないぼくは、そいつとのランチも、きっと新鮮で、楽しめる。
それから、昨日の雨で汚れてしまったぼくの軽自動車で、お薦めという喫茶店に向かう。
せっかくなので、コーヒー付きのセットメニューを注文する。
なんかすごい高額の商品を勧められると思っていたので、セールスマンの彼にも遠慮せず食べてもらう。
こういうありきたりなお店のランチは、前菜のサラダは不味い。
出来合いのドレッシングを使って、なんも考えずに提供しているものだ。
自家焙煎を謳っているコーヒー店でも、たいていは美味くないコーヒーを出してくれる。
期待してはいけないものだと、諦めるようになってきた。
でも、予想に反して、ちょうど良い塩味で、ドレッシングのオイルにも臭みはなく、サラダは美味しかった。
この店はいけると思った。
唐辛子の辛さなら、タバスコを直飲みしても平気なくらいの辛党だが、提供されたナポリタンをとりあえずひと口。
添えられたパルメザンチーズを試しにかけてみて、ひと口。
ラーメン屋さんでもそうするが、胡椒などの味付けは、慎重にしている。
本当に美味しいお店は、バランスが絶妙なのだ。
さて、いよいよタバスコを一振り。
「!」
トマトソースとタバスコの相性が素晴らしい。
これ程までにお互いを引き立て合うソースは、今までに経験がなかった。
いつもなら、美味しく食べられる程度の辛さでやめておく。
テレビのバラエティ番組みたいに、必死に食べるほどの辛さはあり得ないと思う。
しかし、この店のナポリタンのトマトソースは、タバスコの辛さを包み込んで、濃厚なコクのようなものを生み出している。
喫茶店のマスターには申し訳ないと、内心は恥じつつも、ひと口分のスパゲティにタバスコを二振り。
どこまでも美味しく頂ける。
期待しなかったコーヒーも美味かった。
食事を終えて、セールスマンの存在を思い出した。
彼は満足そうに微笑んでいる。
ぼくは、素直に感謝した。
「報酬は、いくら払えばいいの?」
彼に尋ねる。
「いえ。お金は必要ありませんよ。私は、あなたのお祖父様からお願いされて、やってきたのです」
「そうなの? なら、このあとどうする?」
ぼくは、なにも考えていなかったので、単純に尋ねてみた。
「そうですねぇ。 次はあなたのお薦めのお店に行きませんか?」
「いいよ。 コーヒー、まだ飲めるなら、すぐ近くに馴染みのお店があるから」
ぼくは、コーヒーなら毎日4杯は飲める。
休みの日だと、3軒くらいハシゴして、コーヒーを飲んだりしているし。
「了解いたしました」
彼の笑顔は、すでに仕事を忘れている風にも見える。