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小さな世界

作者: N通-

その日僕の小さな世界は粉々になった。




 僕はビー玉が好きだった。キレイな模様が様々な彩りで成形されている、小さな世界。僕はこの世界に魅了されていた。




 ビー玉なんて、せいぜいが小学校低学年までの遊び道具と笑われるだろうけど、僕はそれを高校生になった今でも、毎日の気分に変えてお守り代わりに持ち歩いていた。




 幼馴染の女の子には、何年間も一緒に登校する時にあんたほんとにそれ好きね、なんて呆れたように笑われていたけど、僕は好きなんだから仕方ないだろ、といつも返していた。幼馴染は言い返されると若干顔を赤らめて、いつもそっぽを向いていたけど、何故なのか不思議に思っていた。


 


 今日も学校の昼休み、よく晴れた日の空、晴天を見上げながらベンチを専有して寝転んで、ビー玉を太陽にかざす。地面には集光された光が落ちて、僕はその光と、ビー玉のきらめきを交互に眺めるのが好きだ。


 


 ある日のこと、僕は放課後の夕日にかざすのも悪くないと思い、屋上で日が落ちるまでゆっくりするつもりだった。こういう自由時間があるのが、青春を放棄して帰宅部を選んだ人間の特権だななどと、やくたいもないことを思いつつ。


 


 しかし放課後とはいえ、屋上には既に先客がおり、見渡しても空いているベンチがなかったのだ。ため息一つ落として、僕は仕方無しに本来は禁止されている給水塔の設置してある屋根にのぼる。何人かがこちらをちらと見つつも誰も咎めには来ない。


 


 良かった、ここは僕の庭だ。狭いスペースしかないが、寝転ぶには十分だった。僕は、しばらくまだ日の高い空にビー玉を掲げて眺めていたが、いつの間にか寝てしまっていたのだろう。ひゅうという風と共に身震いをして目覚めた。時間はもう大分経っていて、夕日が沈まんとしている。しまったなと思いながらも、起きようと半身を起こした時、僕は見てしまった。


 


 幼馴染の女の子が、顔を真っ赤にして僕の知らない誰かに今まさに愛の告白を受けているシーンを。


 


「あっ」




 思わず小さな声が出る。僕の手から世界がこぼれ落ち、それはころころと狭い給水塔の設置スペースを転げていき、屋上のアスファルトに激突した。世界の絶叫が響き渡る。


 


「えっ……なんで、あんたがどうしてここに!?」




 驚いたような、困惑したような、焦ったような、複雑な顔で幼馴染の女の子がこちらを見つめている。僕は何も言えなかった。告白を邪魔されたであろう男子は、僕のことを遠慮もせず睨みつけている。


 


「今大事な用があるんだ。邪魔者はいなくなってくれないか」




 棘を隠そうともしないその言葉に、僕はのたりと起き上がった。給水塔から降りる時に、ちらりと夕日をあびてキラキラと光る世界の欠片を見た瞬間、僕は猛烈な悲しみに襲いかかられ逃げ出した。


 


「待って!」




 背中から呼び止めるその声に、僕は足を加速させる。階段を転げ落ちるように駆け下り、そして家まで一度たりとも止まることなく走り続けた。家の玄関を乱暴に開けると、靴を脱ぐのもそこそこに自分の部屋へと駆け込む。階下からのんきな母親の声が聞こえた気がしたけど、僕はそのままビー玉を保管している保管庫を開けた。


 


 目の前に一面に広がる世界。色も大きさも様々なそれらの群像を見て、僕はようやく自分の世界へと戻ってきた気分になった。刹那、幼馴染の顔が頭をよぎり、胸に痛みが走ったが、このキラメキ達の前では霧散していく。


 


 変わらない世界。いつまでも僕とともにある世界。絶対的な安心感。僕は、この世界に取り込まれてもいいとさえ思った。思ってしまった。不意に足元に無色透明のビー玉が転がっていた。それを拾い上げた瞬間、僕は、僕の世界へと吸い込まれていった。


 


 


「ごめんなさいね、何もおかまいできなくて……」




 やつれたような顔のおばさんに、私はいいえ、大丈夫ですと気丈に笑顔を向けた。おばさんは、それじゃあごゆっくりと言いながら階下へと姿を消す。私は案内された、久しぶりのあいつの部屋をぐるりと見回した。開けっ放しのあいつの”宝物庫”を見て、胸が苦しくなる。


 


 幼馴染が姿を消した。


 


 私は、その情報が信じられなくて家まで押しかけてしまった。あの告白現場を見られた翌日、あいつは学校に来なかった。私自身も気まずかった事もあり、なるべく避けていたのだ。だが、二日目にして不穏な噂を耳にする。あいつが、忽然と姿を消したというのだ。


 


 三日目にしてようやくそれが事実だと解り、いてもたってもいられなくなった私は学校が終わるなり、あいつの家へと走った。インターホンを押すのももどかしく、直接ドアをノックしてしまったが、家にいたおばさんはドアを開けてくれ、私の顔を見るなりほろりと泣き出してしまった。たまらなくなった私はおばさんを抱きしめる。


 


 おばさんは静かに嗚咽を漏らしていた。


 


 彼女は後悔しているのだという。いつもと全く様子が違っていた息子をもっと気にしていれば、様子を見に行けば良かったのだと。


 


 私はおばさんに、気休めでしかない言葉をかけることしか出来なかった。あいつはきっと帰ってきますよ、なんて。自分でも確信も何もあったもんじゃない小娘の慰めにも、おばさんは少しだけ笑顔を作ってくれた。


 


 そして案内されたあいつの部屋。何もかも、あいつが居なくなったときのまま置いてあるという。あいつの学校かばん、あいつの制服の上着、あいつの、宝物たち……。


 


 何があるというわけではなく、ただただ手がかりがないかを探しに来たのだけど、何もわからなかった。本当に、いつも通りの行動をして、そのまま煙のように消えてしまったといった雰囲気が漂っている。


 


 無意識にベッドに腰掛け、そのままボスんと横になる。


 


 どうして、あんたはあんな場面に出くわすのよ。どうしてよりにもよって一番聞かれたくない相手だったのに……。私は悲しみがこみ上げてきて、涙が自然と流れていく。


 


 その時、涙でぼやけていた視界の端に、きらりと光るモノを見つけた。入ってきた時には気づかなかったそれは、彼の宝物庫からこぼれ落ちたようにぽつんと床に落ちていた。


 


 何だろう、近寄ってそれを手に取り、私は思わず絶叫しそうになるのを何とかのみこんだ。そのビー玉の中に、あいつが浮かんでいたのだ!


 


 なんで!? どういうことなの!?


 


 解らない、頭が混乱してる。でも、あいつは確かにここにいる!


 


「ちょっと、勝手にどこに行ってるのよ!」




 私の口から出た第一声は、彼を罵倒する言葉。違う、こんな事を言いたかったんじゃない。


 


「わ、私……私だけじゃない、あんたのおばさんも、おじさんも、皆心配してるのよ……どうしてあんたはそんな所にいるのよ……!」




 絞り出すようにビー玉に語りかける。はたから見たら狂人のごとき行いだろう。それでもいい、私が狂ったっていい、あいつさえ帰ってきてくれるなら!


 


「あの人ね、私のコト好きだって、真っ直ぐに言ってきてくれた……」




 ゆらり、ビー玉に反応があった気がした。私は手応えを感じた。やっぱり、アレが原因だったんだ!


 


「でもね、断ったよ。だって私の世界には、欠けちゃいけないものがあったから。絶対手に入れるつもりだったけど、私達のペースでいいかなって、ずっとずるずるしちゃったけど……」




 私は必死に語りかける。


 


「私ね、毎朝あんたに言ってたでしょ、あんたホントにそれ好きねって。なんでだと思う?」




 つまらない意地と、好きの折衷案


 


「私ね、あんたに“だって好きだからしょうがないだろ”って言われたかったの」




 ただそれだけの、つまらない感情。でも、とても大事な言葉。


 


「私は、あなたの小さな世界には入れない……だから、私の所に来て欲しい! お願い!」




 そう祈った時、それはまさに奇跡を目の当たりにした。ビー玉が強くかっと光ったかと思えば、あいつが、着の身着のままのあいつが、私をいつの間にか抱きしめていたのだ。


 


「遅いよ、バカ……」




「ごめん。気づくのが遅くなって。小さな世界に閉じこもって、みんなに迷惑をかけてごめん」




「ねえ、私あんたが好き。好き。大好き」




「うん。僕も君のことが好き。大好きだよ」




 あの世界はもういいの?って私が聞いたら、あいつは笑って私が流してる涙を指ですくった。


 


「僕、実は欲深かったみたい。両方とも手放す気はないよ、ビー玉も、君もね。あやこ」




 久しぶりに呼ばれた名前に、私はバカね、と笑いながら泣いた。


 


 小さな世界を抜け出した彼は、今もずっと、私の隣で笑ってくれている――。

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