鎖と義憤とおっさんと
ゴブリンの巣はいわゆる洞窟で、外の空気よりも一段階ひんやりとしていて、ぴちょんぴちょんという水滴が滴る音も聞こえ湿気も少し感じる。
壁には松明がともされていて、洞窟の壁を構成する鉱石の一部には淡く発光しているものもあり、心配していたよりも明るく視界に問題は無さそうだ。
奥へ進むにつれ徐々に広くなる通路を10メートル程進んだだろうか、緩く左にカープした通路から分岐するように、狭い通路が右側に伸びている。
「ナツヒ君・・・。」
声をひそめながらエリスが俺の名前を呼ぶ。
もちろん――道が分かれているけどどっちに進む?――という意味だろう。
RPGのお決まりで言えば、このまま太い道を道なりに行けばボス部屋に続く道で、脇道に逸れれば宝箱なり罠なり何かしらがあるはずだ。
場合によってはその部屋で何かをしないと、ボス部屋まで辿り着けない可能性もある。
この世界のゴブリンの巣が、RPGのお決まりにどこまで沿っているかはわからないが、性格的に何かを残したまま先に進むのはなんとなくもやっとする。
「脇道の方へ行ってみよう。」
丘の中に作られておりその大きさから推察できるゴブリンの巣の大きさと、18体のゴブリン達が戻ってくる時間を考えても脇道を確認できる時間はあると判断してエリスにそう告げる。
右に続く高さ2メートル幅1.5メートル程の細い道へと進路をとる。
ここで戦闘となると、エリスのような大剣を振り回す訳にはいかないなと、戦闘になった事を想定しつつも歩を進める。
通路を少し歩いたその先には、8畳ほどの広さの空間が広がっていた。
幸い通路にも部屋の内部にも見張りのゴブリンもおらず戦闘になる事は無かった。
部屋の中には松明がともされており、内部にあるものを照らし出している。
鉄球のついた足かせが無造作に置かれ、天井からは荒縄がぶら下がっておりこの部屋で、普段からろくでも無い事が行われているであろう事は想像に難くない。
「ナツヒ君これって・・・。」
「あぁ、恐らく獲物の身体の自由を奪い捉えておく為の部屋だろうな。」
拷問の可能性もあるが、拷問器具のようなものは見当たらないので、それ以外の用途だろうと想像するが、エリスがいる手前具体的な事を口に出すのは控える。
「ひどい・・・。」
エリスはその端正な顔を歪め、嫌悪感を露わにする。
何を想像しているかはわからないが、人間を鎖に繋ぎ自由を奪うという行為が行われているだろうという時点で、生理的拒否感を覚えることは容易に察する事ができる。
確かにいくら異世界の人間とは言えエリスはまだ16歳で冒険者見習いにも満たない女の子だ。
俺がアニメやゲームの世界で体験したような冒険をしたことも無ければ、このような人を繋ぐ為の鎖を見るのも初めてだろう。
俺自身も生で見るのは初めてだが、この世界が俺の慣れ親しんだ中世ファンタジーの世界なので、知識は充分にあり想定内であった為にさほどの衝撃は受けていない。
エリスの気持ちを考えると胸は痛むが、俺が胸を痛めたところでエリスの為にはならない。
それよりも、ここは俺が冷静に状況を把握し、心理的ショックを受けているだろうエリスを危険から遠ざけなければいけない。
「エリス。ここにはもう何も無い。色々と思うところはあるだろうが、長居は無用だ。まずはゴブリン達が戻ってくる前に先へ進もう。」
「うん・・・。」
真っすぐなエリスの事だ、義憤に駆られているのだろう。鉄球つきの鎖に視線を引っ張られながらも俺についてくる。
もしも囚われている人間の女性がいるのであれば、助けたいところだが今ここで俺たちにできる事は無い。
聞き耳を立てながら、慎重に細い通路を通り元の大きな通路へ戻る。
入り口の方にも意識を向けるが、ゴブリンの集団が戻ってくるような気配は感じられない。
困惑4怒り5緊張1の感情がブレンドされたような表情で後ろを付いてくるエリスと共に歩を進めると、明らかに人為的な物音が通路の先から聞こえてきた。
何か固いものが擦れるような音や、ゴブリンの鳴き声も聞こえる。
俺とエリスは目を合わせお互いに物音が聞こえたという事を共有する。
俺たちは息を潜めより慎重に通路を進む。
ゆるく曲がる通路を進みカーブのその先には、大きな空間が広がっているのが見えた。
その空間に続く通路には身を隠すものが無く、中にゴブリンがいた場合には見つかってしまう恐れがあるので、一旦部屋の入り口が見えない場所まで戻る。
「さっきの物音はあの大部屋からだな。音からするとそんな多くはないだろうが、何匹かゴブリンがいるのは間違いないだろう。」
「うん。でも隠れる場所も無いし、部屋の造りによっては部屋に入った瞬間に見つかっちゃうかもね。つっこむしかないかな。」
・・・エリスさんやはり少し脳筋気味だな。
だが煙幕や催涙ガスなどの道具も無ければ魔法も使えない俺たちは、あの大部屋に入るという選択肢しかないのは事実だ。
「そうだな。だがもしかしたら昼寝や食事をしているかもしれない。不意をつける確率を下げたくはないから、物音を立てずに静かに行こう。」
戦闘になる可能性を念頭に俺は刀の柄に、エリスは背中の大剣に手を添えていつでも抜刀できる状態で大部屋に向かう。
カーブを曲がり大部屋の入り口が見える位置まで歩くと、覚悟を決め真っすぐに大部屋の入り口まで歩を進める。
ゴブリン達の声や固いものが擦れる音も明確に聞こえてくる。同時にゴブリン達とは別のうめき声のようなものも。
――体育館程の大きさのその空間に入ると、俺の想定の中でも悪い部類の、エリスの思考を停止させるには充分すぎるほどのおぞましい光景が繰り広げられていた。




