必殺技と冒険者ランク
HPゲージは半分以下。
刀を持つ右手と、右足を2匹のステップウルフにそれぞれ噛みつかれている。
体勢を崩して転んだらスタン状態になり、そのまま追撃を受け死ぬ。
このまま耐えているだけでもかみつきによる継続ダメージで死ぬ。
空いているのは魔法が使えない左手だけ。
頭の中で警笛が鳴り、脳裏をよぎる“死”という文字が頭の中で徐々に近づき大きくなる錯覚を覚える。
この問題を解決しなければ死ぬ。
その事実に脳内の電気信号が、いまだかつてない速さで駆け巡りひとつの閃きへと至る。
・・・一か八かで自由に使える左手に魔力をチャージする。
貯まっている魔力が雷属性だとわかる、小さく電気が爆ぜるようなスパーク音が鳴る。
ステップウルフたちも一瞬だけひるんだ素振りをみせるが、かみつくその牙を離す様子は無い。
俺はさらに魔力をチャージし、左手に集まる魔力量が増しているのを感じる。
そして、その手を開き放出!
・・・は、しない。どうせこの絶対絶命の状況でも飛ばないだろうし。
左手のスパーク音は徐々に大きくなり、拳にまとわりつくように走る雷光もその量と大きさを増していく。
魔力のチャージ量が更に膨れ上がるのを感じ俺は
―――殴った。
右足にかみつくステップウルフめがけ、左の拳を振り上げそのまま重力を利用し全体重を乗せるように、眉間を狙いフルスイングで殴った。
「ギャウーー!?」
スパーク音と打撃音が混ざった音と共に、ステップウルフが一瞬全身を震わせそのアギトを俺の右足から離す。
仲間の様子に驚いたのか、右手に噛みついていたステップウルフもかみつくのを辞めて、距離をとってくれた。
一瞬できた時間を無駄にせず、雷の力を乗せた拳を叩き込まれ、動きが鈍くなっている1匹に刀で追撃を行う。
その一撃で倒す事に成功する。
雷の拳でかなりダメージを与えていたようだ。
残るステップウルフは1匹、俺のHPゲージは4分の1程度。
よほどのミスをしない限りは死ぬことはない。
このままの流れで戦闘を終わらせる為に、再度左手に魔力チャージを試みる。
しかし、スパーク音が鳴ることは無くチャージはされなかった。
MP切れか?まだいけそうな気はするのだが。
それならいつも通り刀と体術で倒すのみだ。
雷の一撃を見て、少しひるんだ様子のステップウルフに肉迫し斬撃を加える。
爪でひっかいてきた攻撃はもらってしまったがその後は腹を蹴り上げ、さらに斬撃を加え最後は後ろ回し蹴りを鼻っ柱に叩き込む。
そのままHPゲージを削りきり最後のステップウルフを倒す事に成功する。
光の粒となり霧散した後に牙が残る。
そのドロップアイテムを手で触れインベントリにしまい【オオカミの牙】を手にいれる。
頭の中ではガイア様が『スキル【雷魔法】を獲得しました。』と教えてくれる。
――やった!!!ついに魔法スキルを獲得できた。
続いて『アーツ【レヴィンチャージ】を覚えました。』とアナウンスが流れる。
アーツ?必殺技的なものか。
とりあえずステータスの【アーツ】の項目を確認する。
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レヴィンチャージ:魔力を雷の力に変えてチャージする。
チャージ量により、その後のアクション効果と消費MP量が変化する。
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チャージすればするほど威力も増えるけど、消費MP量も増えるってところか。
しかし、今回の戦いでもすでにチャージ的な事はできていた気がするが、アーツとして覚えた事によって何か変わるのだろうか?
・・・後でアリナに聞きに行くか。
こんなに頑張って戦ったからゆっくりと爆乳を拝んで癒されたいしな。
こうして俺は人生初の死に直面する戦闘を乗り越え、魔法スキルとアーツなるものを獲得する事に成功した。
ただし、魔法を飛ばせる訳ではないので魔力を込めた拳で殴るだけ・・。
これでやっと冒険者養成学園の入学試験で魔法を普通に使える生徒と同じ土俵、むしろ飛距離とかを含めたらまだ負けている。
この事実はちゃんと理解しておかなければいけないが、単純に魔法スキルを獲得できただけで嬉しく思う。
*
「ナツヒ君今日も弁当配達お疲れ様―!はい、お弁当の代金。」
「はい、確かに代金頂きました!」
「それにしても毎日配達がんばるね!本格的におつかい士として生きていくって決めたみたいだね!」
「毎朝アリナさんに会えるので配達も楽しいですよ!それと僕は冒険者になるのを諦めていません!」
俺の軽口を「もぅーナツヒ君ったら!いつの間にそんなセリフ覚えたのー。」と笑う冒険者ギルド職員のアリナ。
今日も牛の獣人を象徴するようなその爆乳の圧により、白いブラウスのボタンが今にも弾け飛びそうになっている。
これを見られるだけで、さっきまでの激闘の傷が癒される。
しかし、俺の担当であるアリナからでさえも冒険者を諦めたかのように映るくらいに、都市内の人間は俺が弁当配達をしている姿しか見ていないのだろう。
まさか、夜が明ける前に【エルレ平原】で毎朝モンスターと戦っているなんて夢にも思うまい。
しかも今日に関しては“死”がよぎるくらいの激闘だった。
その激闘の末に獲得したアーツやその他少し気になっている事をアリナに尋ねる。
「えっと・・・それはね・・。」
少し長くなりそうだからと、カウンター越しではなく応接室へ通される事になった。
アリナと密室で二人きりになるのは異世界転移をして星結いの儀を行った日以来だ。
応接室へ向かう途中の後ろ姿も新鮮に感じる。
普段はカウンター越しなので胸ばかりに目がいってしまうが、こうしてみるとお尻の丸みやスカートの短さも強烈なインパクトがある。
むちむちが服着て歩いているようだ。・・・アリナエロすぎだろ。
「さっ座って!それでさっきのアーツについてなんだけど・・・」
目の前に座るアリナの胸と太ももとその奥にある秘境に目線が吸い寄せられてしまう。
「・・・ってちょっと聞いてるのナツヒ君!」
「あっ、すみません!ちょっと考え事していて!」
いかんいかん。久しぶりのアリナとの二人きりの空間に舞い上がってしまっている。
せっかくこうしてわざわざ時間を作って教えようとしてくれているのだから、ちゃんと聞かなければ。
アリナによると、アーツの獲得というのはガイア様に正式に技としてみとめられ星の加護を得られた状態になるという。
俺が魔力チャージをアーツ獲得前からできていたが、チャージに失敗する事もあったのは星の加護を得られる前の状態だったから。
アーツとして獲得する事によってその効果や成功率が飛躍的に増すという事だ。
同じ動きを繰り返し行ったり戦闘中に閃いたりレベルアップ後に覚えたり、アーツのやり方が記載された秘伝書を読むことなど様々な方法でアーツの獲得はできるらしい。
必殺技と呼ぶに値する効果のあるアーツもあるようで、冒険者として活躍する為にはアーツの獲得は必須条件だという。
それから俺はレベル10からなかなかレベルが上がらない事も相談した。
その理由は簡単で俺が同じクエストしかやっていないからだった。
毎日同じ弁当を同じ人達へ配達しているので、得られる経験値はほぼ一緒。
対してレベルは10まで上がっているので、適正レベルのクエストをこなした方が得られる経験値も高くなる。
まぁ当たり前だよな。これもしっかりとMMORPGと同じで低レベル帯のクエストをひたすら繰り返してもレベルは上がりにくいという事だ。
「冒険者ギルドに依頼がきているクエストの中で僕ができるものって何かありますか?」
「うーーん。ナツヒ君の今のステータスがあればクリアできるものもあるんだけど・・。」
少し眉根をよせる表情を見せた後に、アリナはこの世界の冒険者ランクとクエストの仕組みについて教えてくれた。
冒険者ランクは・オリハルコン・アダマンタイト・プラチナ・ゴールド・シルバー・ブロンズ・アイアン・無印の8段階がある。
俺は星結いの儀が終わり冒険者として登録はあるものの、まだ“無印”ランクである。
そして、冒険者ギルドに持ち込まれるクエストにはそれぞれに受注ランクが定められており“無印”の冒険者が受注できるクエストはほぼ無い。
冒険者養成学園を卒業するか、冒険者ギルトから一定の成果が認められるとアイアンランクになり、自分の名前とジョブが刻まれたプレートを冒険者ギルドからもらえる。
冒険者はそのプレートを首や腰など見えやすいところにぶら下げるのが慣例となっている。
そうする事により、冒険者ギルド以外でも様々な場所でクエスト依頼が舞い込んだりするらしい。
また、冒険者ランクが上がる事によって立ち入れる場所が増えたり、街でも様々なサービスを受けられるなど、その恩恵を享受する為に冒険者ランクを示すプレートは重要な意味を持つ。
・・・ふむ、面白い。日本でいう名刺みたいなものか。
肩書きや社会的ステータスによって、周りの人間がとる行動が変わるというのは異世界も一緒だな。
それも冒険者として名を上げて英雄になる為の近道だというのなら、過去のランクアップの実例などを分析して傾向と対策を練り着実にランクアップしてやる。
――こうして俺は密かに目標を立てると共に、英雄への決意を新たにするのであった。
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