ずる休み
彼女と気持ちの良い一夜を過ごした。
「朝ですよ」
「……んにゃ」
彼女に耳元で囁かれて、起床した。彼女は俺よりも一足先に目を覚ましていた。ホットパンツとパーカーという、寝間着の出で立ちのままだった。
キッチンの方から、何かを焼く音と香ばしい匂いが届いた。
「朝ごはん、作ってますから。少し待っててください」
「おお……!」
思わず感嘆な声を上げてしまった。彼女がこうして泊まった翌日、朝食を作ってくれるのはいつものことだったが……先日の一件以降、前よりもさらに大きく、今のこの至れり尽くせりな状況が嬉しくなってしまっていた。
「相変わらず、朝ごはんは食べてないんですか?」
「そうだね。朝はギリギリまで寝ているタイプだから」
「駄目ですよ、朝はしっかり食べないと。午前中働くのに、力が出ませんよ?」
まあ、力が出なくても関係ないと思っていたからな。仕事嫌い。
しばし黙っていると、キッチンで料理に夢中になっていた彼女が、俺の方を目を細めて見つめていた。
「どうかした?」
尋ねると、そのまま両頬を抓られた。少しだけ痛い。
「ウチに来ない時、ご飯はいつも何を食べていますか?」
頬を抓まれたまま、尋ねられた。
「コンビニ弁当」
「あたしと出会った時より、少し太りましたよね?」
「そうだね」
三キロくらい?
「……むー」
彼女は相変わらず頬を抓ったまま、低く唸った。
「も、もっとウチに来てください」
「どうして?」
「そうしたら……あ、あたしの作った料理を振舞えるので」
……はて?
「コンビニ弁当では栄養が偏ってしまいます。だから……とにかく、もっとウチに来てください」
首を傾げていると、詳細を説明してくれた。
なるほど、つまり……。
「俺の健康のために、手料理を振舞ってくれる、ということか」
「そ、そうです……嫌ですか?」
「そんなはずあるもんか。ありがとう。凄い嬉しいよ」
微笑んでお礼を言うと、彼女の顔がパーッと晴れた。
「はい! 是非そうしてください。……差し当たっては、こ、今晩もどうですか?」
「ああごめん。今日は多分残業だから無理だなあ」
そう言った途端、彼女の目からハイライトが消えた。少しだけ怖い。
「そうですか……」
「うん。明日お邪魔するよ。なんだか少しだけ申し訳ないけどさ。毎日のように押しかけて」
「そ、そんな……。なんなら、このまま同棲しても……」
「ん? 何か言った?」
「いえ、何でもないです……」
「そう?」
はて、どうしたのだろう?
まあ、何でもないと言うならいいのだろう。
「それじゃあ、そろそろ俺会社に行くよ」
「はい。頑張ってください」
彼女の微笑みに元気をもらいつつ、俺は彼女の部屋を後にした。
そのまま、駅に向かうための最初の路地を曲がって、俺はスマホをポケットから取り出した。
そして、電話をかけた。相手は上司だった。
「あ、すいません」
『おう、どうかしたか?』
「今日、少し具合が悪くて……お休み頂けないでしょうか?」
勿論、仮病だった。少しだけ苦しそうな演技をしながら伝えた。小賢しい男だと自分でも思った。
『えぇっ!?』
上司から最初に漏れた声は、驚嘆の声だった。
『休め休め。仕事は体が資本だぞ。体調を本格的に崩してからじゃ遅いからな』
「すいません。ありがとうございます。それでは、すいません。失礼いたします」
電話を切った。
……思えば、仮病で会社を休んだことは初めてだが……病欠で休むのも初めてだな。まあ、この前の休日出勤の代休分をここで使ってしまうとしよう。
ようし、じゃあ早速やりますか!
何をやるのかって?
そんなの決まっているだろう。
昨晩、俺は知らしめさせられた。俺、彼女のことをまだちゃんと知らないんだな、と。
彼女は一体、どんな仕事をしているのだろう。
今日はこのまま、仕事をサボって彼女の身辺調査に繰り出そうと思っていた。
だってしょうがないじゃないか。
ほぼ将来を誓い合った関係でありながら、知らないことがあったらまずいだろう?