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8/15

ずる休み

 彼女と気持ちの良い一夜を過ごした。


「朝ですよ」


「……んにゃ」


 彼女に耳元で囁かれて、起床した。彼女は俺よりも一足先に目を覚ましていた。ホットパンツとパーカーという、寝間着の出で立ちのままだった。


 キッチンの方から、何かを焼く音と香ばしい匂いが届いた。


「朝ごはん、作ってますから。少し待っててください」


「おお……!」


 思わず感嘆な声を上げてしまった。彼女がこうして泊まった翌日、朝食を作ってくれるのはいつものことだったが……先日の一件以降、前よりもさらに大きく、今のこの至れり尽くせりな状況が嬉しくなってしまっていた。


「相変わらず、朝ごはんは食べてないんですか?」


「そうだね。朝はギリギリまで寝ているタイプだから」


「駄目ですよ、朝はしっかり食べないと。午前中働くのに、力が出ませんよ?」


 まあ、力が出なくても関係ないと思っていたからな。仕事嫌い。


 しばし黙っていると、キッチンで料理に夢中になっていた彼女が、俺の方を目を細めて見つめていた。


「どうかした?」


 尋ねると、そのまま両頬を抓られた。少しだけ痛い。


「ウチに来ない時、ご飯はいつも何を食べていますか?」


 頬を抓まれたまま、尋ねられた。


「コンビニ弁当」


「あたしと出会った時より、少し太りましたよね?」


「そうだね」


 三キロくらい?


「……むー」


 彼女は相変わらず頬を抓ったまま、低く唸った。


「も、もっとウチに来てください」


「どうして?」


「そうしたら……あ、あたしの作った料理を振舞えるので」


 ……はて?


「コンビニ弁当では栄養が偏ってしまいます。だから……とにかく、もっとウチに来てください」


 首を傾げていると、詳細を説明してくれた。

 なるほど、つまり……。


「俺の健康のために、手料理を振舞ってくれる、ということか」


「そ、そうです……嫌ですか?」


「そんなはずあるもんか。ありがとう。凄い嬉しいよ」


 微笑んでお礼を言うと、彼女の顔がパーッと晴れた。


「はい! 是非そうしてください。……差し当たっては、こ、今晩もどうですか?」


「ああごめん。今日は多分残業だから無理だなあ」


 そう言った途端、彼女の目からハイライトが消えた。少しだけ怖い。


「そうですか……」


「うん。明日お邪魔するよ。なんだか少しだけ申し訳ないけどさ。毎日のように押しかけて」


「そ、そんな……。なんなら、このまま同棲しても……」


「ん? 何か言った?」


「いえ、何でもないです……」


「そう?」


 はて、どうしたのだろう?

 まあ、何でもないと言うならいいのだろう。


「それじゃあ、そろそろ俺会社に行くよ」


「はい。頑張ってください」


 彼女の微笑みに元気をもらいつつ、俺は彼女の部屋を後にした。


 そのまま、駅に向かうための最初の路地を曲がって、俺はスマホをポケットから取り出した。


 そして、電話をかけた。相手は上司だった。


「あ、すいません」


『おう、どうかしたか?』


「今日、少し具合が悪くて……お休み頂けないでしょうか?」


 勿論、仮病だった。少しだけ苦しそうな演技をしながら伝えた。小賢しい男だと自分でも思った。


『えぇっ!?』


 上司から最初に漏れた声は、驚嘆の声だった。


『休め休め。仕事は体が資本だぞ。体調を本格的に崩してからじゃ遅いからな』


「すいません。ありがとうございます。それでは、すいません。失礼いたします」


 電話を切った。


 ……思えば、仮病で会社を休んだことは初めてだが……病欠で休むのも初めてだな。まあ、この前の休日出勤の代休分をここで使ってしまうとしよう。


 ようし、じゃあ早速やりますか!


 何をやるのかって?

 そんなの決まっているだろう。


 昨晩、俺は知らしめさせられた。俺、彼女のことをまだちゃんと知らないんだな、と。


 彼女は一体、どんな仕事をしているのだろう。


 今日はこのまま、仕事をサボって彼女の身辺調査に繰り出そうと思っていた。

 

 だってしょうがないじゃないか。


 ほぼ将来を誓い合った関係でありながら、知らないことがあったらまずいだろう?

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