何かありました
数コールの後、電話は繋がった。
『はい、管理です』
間延びする気だるげな声だった。
声色を聞いただけで、俺はこの人が誰かをわかっていた。
なんだかんだ俺も、一時は管理のある地方の部署に転勤したりして、五年目にしては社内での顔は広い部類に入っている。
だから、件の時任さんとだって、酒を一緒に飲みに行ったことがあるくらいの関係だった。
「あ、時任さんですね、お世話になっています」
『あ、お前舐めたメール送ってきやがって』
開口一番の悪態に、俺は苦笑した。
管理の時任さんは、怠惰な人だった。
会議の場とかでも、それっぽいことを言って話の論調を乱しては、結局こっちに仕事を押し付けてくる、そういう人だったのだ。
それに関して、俺はいつも渋々それをやらされてきたが……まあ思えば、この会社にいる以上、そういうやり方が一番正しかったのだろう。
この会社は、大層な大義名分を掲げる割に、業務に対する責任区や対応区が曖昧だった。
だから、時任さんみたいなやり方がまかり通り、結果泣きを見る人がいるのだ。
でも多分、それに関して文句を言うべき相手は時任さんではない。
そうなっているにも関わらず、下っ端の状況も顧みず、むしろ苦しめるように文句を付けて、怒鳴って、喚く管理側の人間の責任なのだろう。
『何が、現状は確認お願いします、だ。そっちでやれよ、そっちで』
「でも、内外作区分の段階での、各メーカーの試作に対する日程感は連絡したじゃないですか」
『今はもう変わっているかもしれないだろう。内外作区分したの、いつ頃だよ』
「先月ですね」
『ほうら見ろ。一か月も経てば、各メーカー滞っている部分があるかもしれないだろう』
「そうですけど、それを確認するのは技術じゃないでしょう。技術のすることって、部品が問題なく作れるか、とかそういう話でしょう?
日程管理は管理の仕事ですよね」
敢えて、思うとか曖昧な表現は使わなかった。
モデルケースとなった先輩も、その辺で曖昧な言い方をしない。曖昧な言い方は、相手に付け入る隙を与えるから。
『こっちも忙しいんだよ、やってくれよ』
「僕も忙しいです、今日も残業ですねー」
『……人手が足らないんだよ』
「じゃあ、僕じゃなくて平沼さんに相談してください」
平沼さんとは、管理の部長だ。
「それでウチの上司と話して、こっちでやることになったらやります。僕も手一杯なんですよ」
まあ、それは事実だった。
時任さんは、いつにもまして素直じゃない俺に驚いて、それっきり返事を寄こさなくなった。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
そう言って、電話を切った。
一つため息を吐いて隣を見れば、七峰が目を丸めていた。
「……先輩、なんかありました?」
「あったよ、色々と」
「……へえ」
本当、色々とあった。
会社を辞める覚悟、というか、そういうの。
七峰は、俺にそれ以上何があったのかは聞いてこなかった。
俺はしばらくして、役員に言われた通りに現場へ向けてメールを送った。今の値段が高い、もっと安くしてくれ。
まったく、今でも限界利益は五十パーセントは超えているし、客への提示額も変えないというのに……この行いに、一体どんな意味があるというのだろう?