辞めれる環境って素晴らしい
見積会議は散々な結果に終わった。ただ客先に今度使う塗装のジグ費用と単価アップの連絡をするだけの会議だったのに、構想が甘いだとかなんとか。役員の人は強い口調で俺達を叱責して文句を言ってきた。
そこまで言うのであれば自分でやれよ、と思うが、そう言ったところで結局下っ端に仕事が返ってくるだけで、環境の変化はないだろうし、徒労に終わることに関して俺が口を出すことは一切なかった。
それに、辞められる状況が作れた今、いつもは苛立ちしか覚えなかった役員の叱責も俺に響くものは何もなかった。
そういうのであれば、俺は現場にそれを振りなおすだけ。振りなおした先の現場で文句の声が出たら、それを上に放り投げるだけ。
今までなら仲裁も踏まえて、互いに叱責されながら、文句を聞きながら、日程に間に合うように胃を痛めながら調整をしていたが……評価も体裁もどうでもよくなった今、そんなことしてやる気は一切起きてこなかった。
このまま、何か嫌なことがあれば彼女の元に逃げ込んで、養ってもらおうと思っていた。彼女のおかげで、一周回って仕事へのモチベーションは皆無となってしまったのだった。
まあでも、上司に不当な圧をかけられて、委縮しながら仕事をするよりかは幾分か安定した精神で仕事に望めている気がした。苦労してでも残る必要がなくなった、辞めれる環境となった現状って、なんと素晴らしいのだろう。
「あ、帰ってきた」
自席にパソコンを持って戻ると、七峰が声をかけてきた。
彼女、こう見えて結構上司陣からの受けが良い。仕事は正直、俺の方が出来る。だけど、下心ある上司陣から見て……彼女は好評だったのだ。
野郎でありつまらない男より、目の保養になる七峰の方が評価が高いのは、当時は不当だなんだと思ったが、今ではもうどうでも良かった。まあ、当時から彼女が悪いわけではないと思っていたので、その辺でいざこざは生んだ記憶はない。
なんなら、彼女の仕事を一番手伝ってやったのは俺だと思っている。
一つ下の後輩ということで、当時から俺は彼女の世話を結構見てきた。それで、彼女の優しい人となりだとか、気安い性格は知っていたので、愚痴は漏らしても心の底から文句を言ったことはなかったし、彼女もそれに関して、変に意識をしている様子も皆無だった。
「見積会議、どうだったんですか?」
「駄目。話にならない。やり直しって一蹴された」
まあ、予想通り。
「あちゃー、そりゃあ困りましたね」
「別に? 俺は現場に話を振るだけ。もっと安くしろーって」
前までなら、話を振る前にどこまで下げられるかな、と塩梅を見極めていたところだが……思えば、そういう行いのせいで現場へ話が降りるまでに時間がかかったりしたんだよな。それで怒られた回数はいざ知らず。
まあ、自分の存在意義を出す意味で、その行いが間違いだったと思ったことはなかった。なかったが……結局、頑固な役員がノー、と一言言えば、ノーになるこの社風で、そういう自分を出す行い、というのは無駄だったのかもわからない。
「先輩、管理の時任さんから電話ありましたよ?」
「なんだって?」
「折り返せって捲し立ててきたので、話は聞いてません」
「そう」
「まあ、さっきの話でしょうね」
だろうな。
「サンキュー」
「いいえ。お礼に今度、一緒に食事行ってくれたらいいですよ」
「電話取ったくらいで偉そうに。嫌だよ」
「むー」
一言あっさりと断ると、隣の席で七峰は頬を膨らませていた。そりゃあ、彼女がいるんだから他の女性と食事だなんて駄目に決まっているだろう。
七峰には、俺が彼女が出来たことをこの前報告した。報告した、というか、話の流れで言わざるを得なくなったというか。
その時の彼女の態度は……。
『先輩に彼女? ……ああ、またVRでですか。先輩、あれ止めたほうがいいですよ? 部屋の中でやっているとはいえ、あんなゴーグル付けた人が見えたら、変質者としか思えませんもん』
凄い腹が立ったなあ。
まあ、後輩への怒りはさておいて、俺は件の管理の人間へと電話をかけた。