表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/15

大金に目が眩む

 いやいやいやいや、いかんいかん。

 いくら彼女が金持ちだからって、その考えはいかんだろう。


 人が働く理由は、何故なのか。


 それは人を支えるためであると同時に、生きるためだ。

 長い時間を仕事をせずに怠惰に過ごすことは楽だろうが、人としてはいけないこと。それを決めたのは、もれなく俺の嫌いな社会なのだが、そういうルールというか、そういう戒めがある。だから人は働かないといけない。


 ……だったら、専業主夫とかどうだろう?


 一人暮らしも程ほどで、家事もそれなりになってきた。彼女を主夫として支えれば、俺は仕事で再び辛い思いをせずに生きていくことが出来るのではないだろうか。


 よし、一先ず、早く既成事実を作らねば。




 ……いや違う! そうじゃないだろ!


 俺としたことが、すっかり戸惑ってしまっている。大事なことを忘れて、過ちを犯そうとしている。


 しっかりしろ。

 しっかりするんだ、俺。


 こういう時一番大事なことは、決まってる。決まっているじゃないか。


 まず一番大切なこと。


 それは……。





 まずはご両親へのご挨拶からだろう!




 ……これも違うな、うん


 大金に目が眩みすぎじゃないだろうか、俺。好きになった彼女のことを、金持ちであることがきっかけに更に好きになったことは事実だが、なんと邪な感情なことだろうか。



 ……そもそも身を固めようと思った理由が邪だったわ。



 いやはや、俺って奴はなんて非道な男なのだろう。


 仕事に精を出したいからと婚活を始めて、ナンパした女性と恋に落ちて、恋に落ちた女性が金持ちと知ると既成事実を作ろうと躍起になる。


 字面に起こすと、その非道性がより明るみになるな!


 このごみクズ野郎!


「出ました」


 彼女の声が聞こえた瞬間、俺は光よりも速い速度で動いていた。自分での視界の変動具合に驚くくらい、それくらいの速さで俺はテレビ台の前に通帳を置きなおして、元居た彼女のベッド前に飛び退いていた。


「あ、通帳出しっぱなしだった」


 バスタオル一枚という扇情的な恰好を彼女はしていた。

 だけど、通帳に目を付けられた時点で性欲は飛んでいき、残ったのは罪悪感と誤魔化そうとする悪しき心だけだった。


「不用心だよ。ちゃんと片づけないと」


「その言い振りだと、これ持って立ち去ろうとする気だったみたいに聞こえますよ?」


「そんなことするわけないだろ。でも俺達、まだただの恋人関係なわけだから……そういう関係になるまで、キチンとした方が互いのためじゃないかな? 俺も変な気を使わないで済むし」


 慌てたが、そこまで捲し立てないでなんとか話せた。

 彼女は……。


「そ、そうですね……」


 何故か、頬を染めていた。

 何か恥ずかしい言葉を聞いたみたいな態度に自分の発した言葉を反芻し、俺は気付いた。


「ああ、いや……その」


 恥ずかしくて、口ごもった。これじゃあなんだか、将来を誓い合った仲みたいに聞こえるな。まあ、俺は誓うつもりで近寄ったんだけどさ。

 でも思えば、これから俺達、契りを交わすわけだよな。セクシャルな表現は控えるけど、それはもう、アダルトな契りを交わすのだ。


 というかこの反応。

 彼女、満更でもない?

 逆玉の輿乗っちゃった?


「ぐえ」


 舞い上がっていると、視界が巡って頭が床に激突した。彼女が俺に、馬乗りになっていた。


「少し恥ずかしいですね」


「そうかい?」


 俺はとても嬉しいよ。君と一緒になれてね、とは色々邪な感情が交じって言えなかった。


 チクショウ。

 邪な感情など抱くつもりはなかったのに。

 清らかな感情で彼女との交際を楽しんでいたはずなのに。

 

 今、俺の中で彼女へ抱く思いが変貌しつつあった。勿論、酷い方へ。


 彼女の顔が、少しずつ俺に近寄ってきていた。何をするつもりだろうか。今晩は眠るつもりはなかったが、まずは前菜からだろうか?

 

「ありがとうございました」


 顔を近づけた彼女は、お礼を言ってきた。


「へ?」


 間抜けな声で返事をした。


「あたしにあの時、声をかけてくれてありがとうございました」


「あの時……?」


 多分、出会った頃の話だろうか?


「あたし、自分で言うのもなんですが……結構引っ込み思案な性格をしているんです。他人の目はずっと気にするし、言葉一つ間違えるだけで、ずっと後悔するんです。

 それくらい引っ込み思案で、臆病者なんです」


 そうだったのか。


「あの時、あなたのことはただのナンパ野郎だと思っていました……だけど、話していく内に誠実で、優しい人であるとわかったんです。

 そんなあなたに好きになってもらえて、好意を表現してもらえて、あたし嬉しかったんです」


「そ、そう……?」


 そこまで褒められると、少し背中がむず痒かった。


「……好きです」


 彼女は真っ赤に染まった顔を見られたくなかったのか、俺の胸に顔をうずめた。


「好き。好きです。ずっと一緒にいたい。それくらい好きです。あなたがあたしのことを好きになってくれて良かった。嬉しかった。もう離れたくないんです」


 自分の顔が熱い。

 ああそうか。今俺は照れている。ほぼ裸に近い好いた女性の本心を知って、嬉しくて照れくさくて、そしてさっきまで抱いていた邪な感情が情けなくて、俺は恥ずかしくて顔を赤らめさせた。


「あなたは?」


「うぇぇ?」


「なんですか、あたしだけの想いだったんですか? あなたにとって、あたしは遊びでしたか?」


「そ、そんなことあるもんか」


 何なら、今すぐにも結婚したい。

 色んな意味で。


 ……ゴホン。


「君のこと、好きになったのはきっと運命だった。あの日、喫茶店で初めて君を見た時、俺の灰色だった世界が、突然七色の色鉛筆で彩られたように、着色されたのがわかったんだ」


「……はい」


「俺は君のことが好きだ」


 まあ、七色の色鉛筆の中にはどす黒い黒色も混じっているけどね!


「どれくらい?」


「ど、どれくらい?」


 照れくさい質問を聞き返すと、彼女が今にも泣きそうな顔で俺を睨んでいることに気が付いた。


「……ち、地球よりも大きいくらい」


「本当ですか?」


「も、勿論さ!」


 彼女はしばらく俺を睨んで、満足げに微笑んで、俺の唇を突然奪った。


「今日は随分と急だね」


「あたしもだったんです」


「……ん?」


「あたしも、あなたのこと同じくらい、好きだったんです」


 ほう。

 ここいらで我慢ならなくなった俺は、紅潮する彼女の細腕を掴み、覆い被さるように押し倒した。


 そして、今度は俺から唇を奪い、それからは互いの情をただぶつけ合った。


 しばしそうして、性根を発射した頃合いで、俺は思った。




 金のことも仕事のことも、もうどうでもいいわ。




 俗にいう、賢者モードだった。

ブクマ、評価、感想をよろしくね

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ