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逆玉の輿

 彼女との出会いは運命的なものだった。行きつけの喫茶店の窓際の席、翌日の仕事を憂いていた俺は、一つ向こうのボックス席に一人佇んでいた彼女に気付いたのだった。


 美人な人だった。


 パソコンに向かい、太陽の光を傍らで浴びながら、何やら熱心にキーボードを叩いていた。

 何をしているかはわからなかった。

 だけど、妙に絵になる彼女に、俺はその時既に心惹かれ始めていた。


 一見すると、俺が嫌いな意識高そう系なことをしている女性だった。午後の喫茶店で、マックPCを叩き、タイムスでも読んでいれば、役満と言わざるを得ない状態だった。

 だけど彼女は、そういう勘違いしている若人とは一線を画した何かがあった。


 気付けば俺は、最近の自分の秘めたる思いを言い訳に、彼女に声をかけたのだった。


 彼女は、初めこそ警戒した顔で俺を見ていたが……緊張して俺の顔が真っ赤であることに気付くと、突然笑い出した。


「あなた程、ナンパの似合わない人は初めて見ました」


「な、ナンパだなんて滅相もない。そんなことをする度胸も、無下にされた後の恐怖も、俺は耐えられるはずがない」


「じゃあ、どうして今あたしの隣に?」


 そう言われると、自分の行いが嫌っていた薄情な男達が女を弄ぶために行う低俗な行為であると気付かされた。

 こうなれば、俺は苦笑して頭を掻く事しか出来なかった。


「あなた、お名前は?」


「え?」


「名前。教えてくれないんですか?」


 上目遣いで尋ねる彼女は、これまで見てきたどんな女性よりも美しく見えた。美しく、多少の媚で俺を狂わせる、魔性の女に思えた。


 そうして自己紹介を終えて、仲良くなって、恋仲になって、今に至る。



 月日が経つに連れ、俺の中で彼女の存在は大きくなっていっている。

 ただの恋仲関係なのに、最早彼女のためなら、どんな仕事だってこなせる自信があったし、そうなりつつあった。


 だけど、これはまさか……。


 彼女の通帳の額を、三度数え直した。コンマを打つ位置が間違っているのではないかと見直して、実はコンマじゃなくて小数点なのではないかと見直して、やっぱりこれがコンマであり、数え間違いではないことを俺は認めざるを得なくなった。


「え、俺の彼女の年収、多すぎ……?」


 思わず、かつてネットの波で見た広告のパロディーをかました。


 いやだってこれ……。




 彼女のためなら、辛い仕事だってこなせる気がしてきていた。彼女と……今後彼女と育むまだ見ぬ子供のためなら、どれだけ辛くても、嫌でも、無理難題でも、弱音を吐かずに成し遂げてみせる気でいた。


 いつか思ったモチベーションアップの作戦は、確実に成功していた。


 なのにまさか……まさか、こんな形で頓挫しようとは。


「これ、俺働かなくても生きてける?」


 彼女の通帳の貯金額は、一般人の生涯所得額、二人分はあろうかという額だった。


 どうやら俺、完全な逆玉の輿に乗ってしまったらしい。


 ひゃっほう!

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