【9話】ふたつの天啓
『世界を面白くする』
そう誓ったオレが考え、出した答えは『昔の自分に戻る』だった。
なぜなら、ロアさまは
「前はバリバリで見てて面白かったのに…」
と、言っていたからだ。
つまりオレが以前のように暴れ、ナワバリを広げる事がロアさまの言う『世界を面白くする』事になるのだ。
そう理解したオレは考えた。
だが、今のオレには共に戦う仲間が少ない。
と、言うよりほぼ居ない。
共に暮らす民達は非戦闘員であり、戦場に行けば一番最初に死ぬだろう。
それはオレが望むところではない。
では、戦える仲間を探す?
ほとんどの獣人は獣王ザザンの支配下にあり、その強さに憧れている。
いくらオレが強くなったとしても、オレと共にザザンに挑もうとする仲間を集めるのはほぼ不可能だろう。
冷静に考えれば考えるほど、今のオレに世界をひっくり返すほどのチカラは無いと痛感した。
(それでも、オレは世界をひっくり返してやる!)
オレは考えて考えて… ひたすら考えた。
ある日、あるウワサが流れてきた。
「アクロチェア王国のヤツら、魔法の武器を作ったらしいぞ!」
それはとんでもない事だった。
その頃の武器と言えば剣やハンマーなど現在と変わらないが、魔法は付与されていない。
つまり、ノーマル武器しか無かった。
その戦況をひっくり返すことも可能とする威力を誇る魔法とは魔法使いが行使するのだが、魔法使い自体は弱いという弱点があった。
だから戦士は魔法使いを見つけると、魔法を使われる前に接近し殺す。
それが世界の常識だった。
ところが武器に魔法が付与されるということは、戦士が魔法を使うようなものなのだ。
付与される魔法にもよるだろうが、その武器を使う事で戦士は魔法戦士になるという事。
どこかに魔法も使える戦闘民族がいるらしいが、そんなマユツバなウワサは信じられない。
そんな事より魔法戦士なんて、絶対に敵にしたくない…
それがオレの正直な気持ちだった。
(よし… それなら…)
数日後、オレはアクロチェア王国にいた。
見た目が獣人よりもヒト種族に近くなった今のオレなら、少しはヒトと馴染みやすいだろう…
そう考えてアクロチェア王国へやって来たのだが…
自分の顔と髪が赤い事を忘れていた。
王国に着いたオレはすぐに、槍を持った衛兵に囲まれていた。
「おい!獣人の女! この町に何のようだ!?」
衛兵のひとりが槍を突きつけながら叫んだ。
その声には『怯え』が含まれており、この衛兵がオレを警戒している事がヒシヒシと伝わってくる。
「オ… オレは…」
オレが声を出そうとすると、被せるように他の衛兵が叫ぶ。
「女! ひとりで来るとはいい度胸だな! 獣人がどれだけ強いとしても、俺たちがオマエを抑えてやるからな!」
衛兵は顔を紅潮させ、今にも槍で突いてきそうな勢いだった。
「ち! 違う! だから! オレは…」
オレは慌てて両手の平を向けて衛兵達を落ち着かせようとするが、衛兵達の息は上がっていき、落ち着く気配が無かった。
(ど… どうする…?)
その時、衛兵の向こうから静かに声がかかる。
「どうした? お前達」
そこには背中に巨大な剣を背負った男が立っていた。
「ミナスリートさま!」
衛兵達は、その男『ミナスリート』を見ると槍を収め敬礼し直立不動となった。
「説明を」
ミナスリートが衛兵のひとりに声をかける。
「はっ! この獣人の女がひとりで町を襲いに来たのです!」
衛兵はとんでもないことを言い出した。
「ちょ! ちょっと! オレはただ町に来ただけで、町を襲うなんて考えてもないよ!」
オレが慌てて叫びながら両手の平を向けながらブンブンと振る。
「ウソをつくな! その目はこの町を食い物にしようとする目だ!」
「ええ!? オレがいつそんな事した? たった今着いて、町に一歩入っただけじゃないか!」
「うるさい! 獣王の手先が!」
「はぁ? ふざけんな! だれがあんなヤツの手先になんてなるかよ! 手前ら、いい加減にしないとキレるぞ?」
オレの唯一の武器『棍』に手をかける。
「お前達、黙れ!」
ミナスリートが一喝すると、衛兵達はビクっと体を硬直されて口を閉じた。
オレはミナスリートをギロっと睨み、様子を伺っていると
「すまない。 この者達の早とちりのようだ。 獣人のお嬢さん、この通りお詫びする」
ミナスリートは丁寧に頭を下げた。
「あ… いや、分かってくれたならいいよ」
オレも棍を収め、ミナスリートの詫びを受け入れた。
「わたしはミナスリート・カラミント。 よろしければお名前を聞かせて貰っても?」
ミナスリートは爽やかな笑顔でオレに近寄り、握手を求めて手を差し出してきた。
「オレは、ラーヴワス・リナワルス。 獣王ザザンを倒す者だ」
オレはニカっと笑いミナスリートと握手を交わした。
「獣王を!?」
ミナスリートをはじめ、衛兵達も目を丸くして驚く。
それは当然の反応だろう。
今、この世界で一番強いと言われている『支配者』なのだから。
「お嬢さん、なかなか凄い目標をお持ちのようですが…」
ミナスリートは苦笑いを浮かべていた。
「オレは本気だ。 オレにはその力もある。それに天啓を受けたのだ。必ずヤツを倒す」
オレは思わず棍を握る手に力が入る。
「天啓を? なるほど… とても素晴らしいお客さまのようですね。 ぜひ、我が王とお話ししていただけませんでしょうか?」
ミナスリートの思いがけない申し出に戸惑っていると
「失礼しました。 わたしはアクロチェア王国騎士団 団長ミナスリートです。 我々は、この世界の在り方や行く末を憂いているのです」
「世界の在り方? 行く末?」
突然、規模の大きな話しとなりオレの頭はついていけなかった。
「はい。 ここではなんですので…」
ミナスリートは微笑むと、レディをエスコートするようにオレを王宮へ案内した。
目の前に広がる光景は、今でも忘れない。
そこには広い庭園と、見たこともない立派な王宮。
オレが獣人の国の王だった頃は考えもしなかった事だ。ここには世界とは違う優雅な時間が流れているようだった。
オレは庭園にあるテラスに案内されていた。
テラスには白くて丸いテーブルと、線の細いイスがあった。
オレが座って壊れないだろうか?と思うほど線の細いイスは、意外と頑丈でしっかりとオレの身体を受け止めていた。
「ミス・ラーヴワス。 こちらで暫しお待ち下さい」
ミナスリートは優雅に礼をすると、近くに待機していたメイドにオレをもてなすように指示して王宮へ向かった。
「どうぞ」
メイドが運んできた紅茶を飲みながら庭園を眺めていると、白い髭を蓄えた男がミナスリートと何人かの従者を連れてやってきた。
男の歳は老人の域に入りそうだったが、その壮健な顔とピンっと伸びた背筋から若々しく見えた。
「お待たせして申し訳ない。 私がこの国の王アクロチェアだ」
アクロチェア王は和やかに挨拶すると手を差し出し、握手を求めてきた。
(国王が!?)
あまりにもフレンドリーな態度の国王に驚きながらも、慌てて立ち上がり手を差し出して握手を交わす。
「お初にお目にかかります。 オ… わたしはラーヴワス・リナワルスと申します」
「これはご丁寧に。 ミス・ラーヴワスはあの獣王を倒す天啓を受けた…と、お聞きしましたが?」
「はい、わたしはロア・マナフさまより『世界を面白くしろ』と申受けました。 それは獣王ザザンを倒し、今の世界を一変する事だと、わたしは理解しております」
「なるほど! ささ、立ち話もなんですのでどうぞお座りください」
王はそう言うとオレに席を勧め、オレの対面に王も座る。
王の周りには従者が並び、ミナスリートも従者に並んだ。
「ミス・ラーヴワス、神の啓示を受けたようですが、もう少し詳しくお聞かせくださいますか?」
王はとても丁寧にオレに接してくれ、終始穏やかに話しをしていた。
オレはロアさまにチカラを授けて貰ったことや、これまでの経緯を説明した。
「なるほど… それであの獣王ザザンを倒すと…」
ふむふむと、頷きながら王はオレの話しを聞いていた。
「ああ…」
オレは得意気になり、ついいつもの言葉遣いになってしまった。しかし、王は特に反応せずニコニコしている。
「ところでミス・ラーヴワス。 どうして世界を面白くするが、獣王ザザンを倒す事に? 標的は他にもいるのでは?」
王は相変わらず笑顔を絶やさないが、その目はオレを見透かそうとするかのような力を感じた。
オレは正直に話した。
どうせ見透かされるなら言葉を着飾る必要もないのだから。
「確かに、オレは一度ザザンに負けた。 だが、オレは生きている。オレが生きている限り、オレは最強を目指す。 ザザンはその通過点に過ぎないんだ」
オレが熱く語ると、王はウンウンと頷き満足そうに笑った。そして、急に真顔になり話し出した。
「ミス・ラーヴワス。 貴女もご存知のようにヒト種族は弱い。今までヒト種族は力を合わせてやっと生きてきました。 ですが、それも終わりなのです。 実は我々は『ある強力な武器』の開発に成功したのです」
「それは、魔法の武器……?」
オレの言葉に王はカッと目を見開き
「……そうですか。 すでにウワサは流れておりますか。 ならば、もう隠す必要もありませんな」
王は立ち上がり、庭園を見ながら語りだした。
「ミス・ラーヴワス。 実は、これから我々はこの世界を変えようと立ち上がるところだったのです。 そこに、ロア・マナフさまからの啓示を受けた貴女が現れた。 これこそ、正に天啓! 我らはロアさまのご加護の下、世界に声を上げる時がきたのです」
王は強い眼差しでオレを見ていた。
王に認められたラーヴワスはその力を発揮し、やがてロイヤルナイツのひとりと成る。
次回 6人のロイヤルナイツ
ぜひ、ご覧ください。
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