【6話】ノブナガ vs ラー
「まあ、そうなるじゃろうな」
ノブナガは刀を正中に構えながら呟いていた。
ラーを中心に凄まじい剣気がノブナガを覆い尽くそうと広がるが、ノブナガから発せられる剣気に抑えられ両者の間で激しくぶつかっていた。
「へぇ、なかなかやるじゃん」
ラーはニヤリと笑うと構えた棒を握る手に力を込める。
お互いの緊張が極限まで高まり一触即発の状態となって数秒経った。
2人には長い時間に感じたであろう、その数秒も次の瞬間に終わりを告げる。
ゴブリンが剣気に耐え切れず気絶したのだ。
口から泡を吹いたゴブリンが、糸が切れた操り人形のようにガシャンと大きな音を立てて倒れてしまった。
その音を合図にノブナガとラーは飛び出し、お互いの武器が激突し金属同士がぶつかり合う激しい音を部屋中に響かせていた。
両者はお互いの武器を押し合った後、後方に飛び一定の間隔を空ける。
「む? その棒は『木』ではなかったか」
ラーが持つ『棒』は一見、木製の棒に見えたのだが、どうやらただの木製の棒ではないようだった。
(あの棒は厄介じゃな。 この一撃で短く切ってやろうと思っていたが… なかなか、そうは上手くいかんか…)
ノブナガはギリっと歯を噛みながら、ラーの武器である棒を見る。
「ああ、これは『特別』なんだ……よっ!」
ラーは答えると共にノブナガとの距離を詰め、三連撃の突きを放つ。
その一撃が放たれる際、辺りの空気を切り裂くように『ボッ』と音を立ててノブナガに襲いかかった。
「ちっ」
ノブナガは後方に飛び三連撃を躱した… が、
「しまっ…」
その足元には、先程までラーが呑んでいた酒瓶が転がっていた。
酒瓶に足を取られノブナガの体制が崩れる。
「チャンス!」
ラーは一足飛びにノブナガを射程に捕らえ、突きを放つとノブナガの肩に命中する。
子供の身体であるノブナガは、その突きの勢いに飛ばされ空中に浮いてしまった。
「くそっ!」
空中に浮かされたノブナガは身体を捻り、なんとか防御態勢を取ろうとするが、すでにラーは次の一撃を放つ体勢になっていた。
「死ねぇ!!」
ラーの強烈な上段からの一撃がノブナガを襲った。
「くっ」
ノブナガはなんとか刀で防御し直撃は免れたが、その身体は先程までラーが寛いでいた机に叩きつけられ、机は木っ端微塵に粉砕した。
「く… くそ…」
ノブナガが目を開けると、ラーの突きによる追撃が迫っていた。
慌てて身体を転がして追撃を躱すが、ラーの突きは素早く何度も放たれた。
ノブナガはそのまま転がるように回避し、あっという間に壁際まで追い詰められていた。
「ふふ、もう終わりか?」
壁際に追い詰めらたノブナガは、壁に背中を預けて座り、ラーは勝ち誇ったようにノブナガに棒を突きつけて見下ろしていた。
「ふむ、なかなかやるのぉ」
ノブナガはニヤっと笑うと、『ガッ』と突きつけられた棒の先を掴んだ。
「なっ! ぐっ! 離せっ」
ラーは棒を取り返そうと力を入れるが、ノブナガに掴まれた棒はピクリとも動かない。
「くそっ! どんな力してんだよ!」
ラーは悪態を吐きながら力を込めるが、やはりノブナガに掴まれた棒は動かなかった。
ノブナガは棒を掴んだままゆっくりと立ち上がると、棒を少し引いてから押し出すようにラーを突き返して手を離す。
その勢いに態勢を崩したラーは、タタラを踏みながら後退し棒を構えなおした。
「お主、なかなか素晴らしい棒術を使うの。 気に入ったぞ」
ノブナガは刀を肩に担ぐと、ニヤリと笑いラーを見ていた。
「てめぇ、何者だ。 ただのガキじゃねぇな…」
ノブナガの非常識な力を目の当たりにしたラーは、ノブナガとの距離を保ちながら警戒していた。
「ワシはノブナガじゃ。 この世界で天下布武を成す者じゃ」
そう言いながらノブナガは納刀し、腰を低く落とした。
「テンカフブ? なんだそれは? だがな、ガキ。 オレと少し話しが出来たからといって、安心するのはまだ早いぞ? まだ、勝負は着いてねぇんだからな!」
ラーはノブナガが納刀したのを見ると、一気に間合いを詰めて先程の突きの三連撃を放つ。
「お主の技は速い。 じゃが、ミツヒデよりは遅いっ! いくぞ! 『龍爪檄』!」
ノブナガは納刀した状態から一歩踏み出し、刀を振り抜いた。所謂、抜刀術だ。
「なっ!?」
ノブナガの刀はラーの連撃の速度を超え捉えると、棒を跳ね上げさせた。
跳ね上がられた棒に体勢を崩されたラーは、両手を上げた状態となり上体が仰け反る。
ノブナガの振り抜かれた刀は、ラーの上で刃を返すとそのまま袈裟斬りの如く振り下ろされる。
「ぐぁ!」
ラーは必死に身体を捻り刀を躱そうとするが、躱しきれずに右腕を斬られた。
だが、ノブナガの『龍爪檄』は終わっていなかった。
袈裟斬りした刀はノブナガの胸元に戻っており、全身の回転を刀に集中させた突きがラーに襲いかかっていたのだ。
右腕を庇いながらノブナガを見たラーは、目を見開き脳をフル回転させていた。
(ヤバい!ヤバい!ヤバい!! 死ぬ!!)
身体を捻ろうにも、すでに先程捻って回避した為に身体は伸びきっている。
腕を盾にしようにも、アレは容易く貫いてくるだろう。
「くそーー!」
ラーはなんとか手に持っていた棒を身体の前に持ってきて盾にする。
手に持てる程の細い棒だ。
ラーの身体を守るには細すぎ、ノブナガの刀を受けるには心許なさ過ぎた。
(ちくしょう! こんな所で死ぬのか!?)
ラーは無意識に目を閉じ、死を覚悟した… その時、棒を持つ手に強烈な衝撃と激しい金属同士がぶつかる音が響いた。
ノブナガが放った突きの切先は、ラーが持つ棒によって止められていたのだ。
目を開けたラーは、生涯で1番の幸運が起きた… と、考えただろう。
キレイに棒の中心線を突き、ラーの身体に届く事なく止まっているノブナガの刀を見たラーはニヤリと笑う。
「くく… 天はオレの味方のようだな」
「そうか?」
ノブナガが答えたと同時に、ラーの持つ棒はノブナガの刀の切先部分からヒビが広がる。
「な!?」
ヒビは一気に棒全体に広がり、粉々に砕け散ってしまった。
ラーの手の中には、かつては棒だった木のカケラがいつくか握られていた。
ノブナガは刀を引き、一度ブンっと振ると納刀し刀の柄に腕を置く。
すると、どこにいたのかエメラルドグリーンの背中で尾羽が長い美しい鳥『マナ』が柄の先に止まった。
「お主、どこにいたのじゃ?」
ノブナガが尋ねると、マナは長い尾羽をふり愛想をしているようだった。
「さぁ、ラーよ。 これで勝負は着いたな。 ワシの勝ちじゃ」
ラーは手の中のカケラをパンパンと払い、そのまま床にドカっと座るとノブナガを見上げ口を開いた。
「あぁ、オレの負けだ。 さぁ、殺せ」
ラーは無抵抗に座ったままノブナガを睨んでいた。
「む? ワシはお主と話しをしにきたのじゃ。 そうでなければ、さっきの突きでお主の棒を狙わん」
「なに? アレは狙ってやったのか!?」
ラーは目を見開き、まだ手に残る衝撃を握りしめていた。
「当たり前じゃ。 偶然、ワシの切先がお主の棒に当たったと思ったのか? そんな事、あるわけないじゃろう」
ノブナガは呆れたようにラーを見ていた。
「………くくく。 そうか、狙っていたのか。オレの幸運じゃなかったのか…」
ラーは俯くと肩を震わせて笑い、バッと顔を上げてノブナガを見る。
それは先程までの死を覚悟した目ではなく、ノブナガを認めた『活きた目』でノブナガを見ていたのだ。
「ふむ。 良い目じゃ。 それではラーよ、話しをしようではないか」
ノブナガは手を差し出し、ラーはその手を取って立ち上がった。
「ああ、ノブナガ。 オレもお前と話しがしたくなったよ」
ラーは不敵な笑みを浮かべていた。
「もういいかしら?」
アネッサは冷めた声でノブナガに声をかけてきた。
「うむ。 待たせたの」
ノブナガは満足そうな顔で振り向き、ニコっと笑っていた。
「そう。 それじゃ、この部屋片付けるわね。 このままじゃ、話しもできないでしょ?」
アネッサは、はぁ…と、ため息を吐きながら部屋の様子をノブナガに見るように手で指し示す。
見ると、部屋はまるで台風が直撃したのかと思うほどに散乱していた。
「そうじゃな。 頼む」
ノブナガはそう言うとラーの手を取り、アネッサの横で部屋全体が見える位置に移動する。
「ええ、それじゃ…」
アネッサが両手を前に出して、ブツブツと呪文を唱え始めると地面がボコ… ボコ… といつくも盛り上がり始めた。
「な… なんだ?」
ラーが若干恐怖を感じながら様子を見ていると、その土の盛り上がりからスケルトンが這い出てきた。
「ア… アンデット!?」
思わずラーは叫び、数歩後退る。
「あんでっと?」
ノブナガは、また新しい言葉を聞き不思議そうにラーを見る。
「おい! ノブナガ! アレはなんだ? なぜアンデッドが…」
「む? アレとはあの骸骨のことか? あの骸骨はアネッサの従者…?みたいなヤツじゃ。 アネッサはあの骸骨や腐った死体…ゾンビとかいうやつを操る事ができるのじゃ」
「あ… 操る? それじゃ、まるでネクロマンサーじゃ…」
ラーがワナワナと震えながらアネッサを見ると
「ええ、そうよ。 わたしはネクロマンサーであり、………巫女よ」
アネッサは呼び出したスケルトンに部屋の片付けをさせていた。
おどろおどろしく現れたスケルトン達は、粉砕された机を片付け、あちこちに散らばった何かの破片やゴミを、どこから出したのかホウキを使って器用に掃除を始めていた。
まるで小学校の掃除の時間のように、まじめに掃除をしていたのだ。
「あんた、まさかネクロマンサーとは… そんな凄い魔法使いがいると知ってたら、オレも最初から降参していたのに…」
ラーは苦笑いを浮かべながら、アネッサとノブナガを見ていた。
「む? そんなつまらん事はせん。 ワシはワシの力をお主に見せつけて、その上で話しをすると決めたのじゃからな」
ノブナガは腕を組み、フンっと鼻から息を吐く。
「それにの、魔物とは力が強い者に従うんじゃろ? ワシが話しをしたいのじゃから、ワシが強いところを見せなければならんじゃろ」
ノブナガは不敵な笑みを浮かべてラーを見る。
「……あぁ。 そうだな。 アネッサさんが最初にその力を使っていたら、オレはアネッサさんとは話しをするが、ノブナガ、あんたとは話しをしなかっただろう」
ラーもニヤリと笑い、ノブナガを見返していた。
「じゃろ?」
「だな」
ノブナガとラーは、まるで昔からのケンカ友達のように笑い合っていた。
「さぁ、あなた達、部屋は片付いたわ。 とは言っても、この部屋で残ってるのはソファーひとつだけだけとね」
ノブナガとラーが話している間に、スケルトン達は黙々とと仕事を進めており、部屋は綺麗に片付けられていた。
部屋には中央にソファーがひとつと、部屋の奥に甕がひとつあるだけだった。
「お、甕は無事だったか! よかった!」
ラーは子供のように部屋の奥にある甕に向かうと、甕の中を覗き込みウンウンと満面の笑みで頷いていた。
「なんじゃ? そんな大切な物が入っているのか?」
ノブナガも甕に近寄り中を覗くと、そこには満杯の酒が入っていた。
「おお! 酒か!」
「ああ、この甕は魔法の甕でな。 いくら飲んでも酒が湧き出てくる甕なんだ」
そういいながら、ラーは酒を手で掬いひと口飲む。
「かはー! うめぇ!」
「ワシもよいか?」
とても美味そうに酒を呑むラーに、ノブナガも喉を鳴らしていた。
「もちろんだ! オレとあんたは特別なんだからな」
ラーがニカっと笑うと、ノブナガも満面の笑みで笑い甕の中の酒を手で掬い呑んだ。
「おお! これは美味い!」
「だろ?」
感嘆の声をあげるノブナガに、ラーも満足そうな顔で応えていた。
ラーは部屋の片隅に置かれていた酒瓶に酒を入れると、木で出来た器を3つ持ってノブナガとアネッサの前、そして自分の手元に置きその場にドカっと座る。
「さぁ、酒も無事だった事だし。 『話し』を始めようか」
ラーは器に入れた酒をひと息で飲み干すと、真剣な顔になりノブナガ達を見ていた。
ノブナガとラーは酒を呑みながら話しを始めた。
ふたりの話しが進むにつれて、ある事が見え始める。
次回 特異点
ぜひご覧ください。
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