【5話】話しをしよう
「ワシと少し話しをしようではないか」
ノブナガはゴブリンの正面で屈み、顔を覗き込みながらニヤリと笑う。
「ワ… ワカッタ。 オデ、オマエとはなす」
ゴブリンはショートソードを横に置くと、少し震えながらノブナガの前で正座をしていた。
ゴブリンに正座という概念は無いだろうが、少しでも体を小さくしてノブナガの意識から離れたいという気持ちが無意識に現れたのだろう。
「うむ。 では、ワシはノブナガじゃ。 お主の名は何という?」
「ナ?」
ゴブリンは首を傾げ、ノブナガの問いを理解出来ていないようだった。
「そうじゃ、お主の名じゃ」
「ツヨきヒトの子よ。 ナとはナンダ?」
「む? 名前じゃ。 お主、名前は無いのか? お主らはお互いをなんと呼び合っておるのじゃ?」
今度はノブナガが驚く番だった。
「ナマエ? そんなものは無い。オデは、オデだ。 他のヤツはオマエだ」
「ん? では、アイツらはお主を何と呼ぶのじゃ?」
ノブナガは壁際で凹んだ顔を抑えながら、未だに苦しんでいるゴブリンを指差して尋ねる。
「アイツはオデを、オマエと呼ぶ。 他のヤツも自分をオデと呼び、他のヤツはオマエと呼ぶ」
「お… お主ら…」
見た目も同じで全員が自分を『オデ』、相手を『オマエ』とは… 意味が分からん…
ふと想像してみた。
もし、此奴らがたくさん居たら?
『オイ! オマエ!』
誰かがそう叫ぶと、全員が振り向き
『オデ?』
と、自分かと尋ねるのだろうか?
『違う。 オマエ! 違う! オマエじゃなくて、オマエ!』
大混乱じゃな…
ノブナガの頭の中ではゴブリン達が、オデオデ、オマエオマエと騒ぎながらバタバタしていた。
「お主ら… 名前が無いとは… ややこしいの」
ノブナガの言葉に、ゴブリンは「そうか?」と答えるだけだった。
「まぁ、よい。 お主らはこの洞窟に、どれくらい住んでおるのじゃ? 大体の数は分かるか?」
ノブナガの質問にゴブリンは、「うー…ん」と少し考え
「たくさんだ」
と、自慢気に答えた。
「…お主、数は数えられるのか?」
ノブナガは少し困ったような顔で尋ねると、ゴブリンは更に自信満々の表情になり
「オデは、スゴくかしこい! オデ、数える事できるぞ! オマエに数を教えてやる!」
と、胸をはって立ち上がるとノブナガの目の前に手を広げて見せ数え始めた。
「いいか、最初はイチだ。 イチ、ニ、サン…」
ゴブリンは指を折りながら数え出した。
「……そして、こっちの手を合わせて… ロク… ナナ… ナチ… キュ… これでジュだ!」
どーだ!スゴいだろ! と、言わんばかりのドヤ顔でノブナガを見るゴブリン。
だが、ノブナガの寂しい反応を見たゴブリンは
『どうしてオマエは驚かない? こんなにスゴくかしこいオデを見ているのに?』
と、困惑した顔になり、すぐに『ハッ』と何かを思いついたような顔になった。
「そうか! オデのかしこさにオマエ驚きすぎたか!?」
ゴブリンは目をキラキラさせながら、得意気な声でノブナガに話しかけていた。
「んなわけ、あるかー!」
思わず立ち上がり叫んでしまったノブナガは、落ち着きを取り戻そうと肩で息をしながら深呼吸を繰り返す。
「な… な…」
ゴブリンはノブナガの叫びに驚き、固まってしまっていた。
「ふー…」
肺の中の空気を全部出すかのように、息を吐き出したノブナガは冷静さを取り戻し、静かに尋ねた。
「………のぉ、お主。 10の次はなんじゃ?」
ゴブリンは胸を張り少し大きめの声で自信満々にこう答えた。
「たくさんだ!」
「………」
「………」
沈黙がその場を支配していた。
それは誰かが『サイレンス』の魔法でも使ったのではないのか? と、思うほどの静寂だった。
「……わかった。 数の話しはもうよい」
ノブナガは、はぁ…とため息を吐いてゴブリンの肩をポンっと軽く叩く。
「ん?」
ゴブリンは何も理解できずに、キョトンとした顔でノブナガを見ていた。
「では、お主らの大将はどこにいる?」
「タイショウ? タイショウとはナンダ?」
ゴブリンが不思議そうな顔でノブナガを見ると、若干ノブナガのコミカミに血管が浮いていた。
「お主らをまとめておるヤツじゃ。 この巣の中で一番えらいゴブリンはどこにいるのじゃ? と、聞いておる」
「いちばん… エライ…?」
ゴブリンは首を傾げながら、「うーむ…」と悩んでいると、アネッサが言葉を足す。
「はぁ… あなた達の中で、一番強いヤツの事よ」
「おお、一番強いヤツ! イル! この洞窟の奥にイルぞ!」
「うむ。 ならば、その一番強いヤツの所へ案内せい」
ノブナガは、なるべく冷静を保つように努力しながらゴブリンに指示する。
「ワカッタ。 オデ、オマエたちを案内する」
ゴブリンは錆びたショートソードを拾うと、洞窟の奥に向かって歩き出し、ノブナガもそれに着いて行こうと歩きだす。
「ねぇ、ノブナガ。 アイツらはどうするの?」
アネッサは、壁際で顔を押さえて蹲ったままのゴブリンを指差して声をかける。
「捨ておけ。 アネッサ、参るぞ」
ノブナガは興味も示さずに洞窟の奥へ歩き出していた。
「ふーん… まぁ、いいけど」
アネッサは荷物を抱えると小走りでノブナガを追いかけ、ゴブリンの案内で洞窟の奥へと歩みを進める。
「こっちダ」
洞窟を進むといくつかの分かれ道があり、ゴブリンはその度に進む方向を指差して歩き続けていた。
しばらく進むとゴブリンは「くくく」と、笑いを抑え切れないように声を漏らした。
「何がおかしい?」
ノブナガの低い声での問いにゴブリンがビクッと体を縮め、そぉっとノブナガの顔色を伺うように振り返る。
「イヤ… オマエたち、あのお方に会わせる。 きっと、あのお方はオマエたちに怒る。 オマエたち、あのお方のツヨさに驚き謝まるダロウ。 命、大事だからナ」
ゴブリンがニヤリと笑みを浮かべた瞬間、
「あ?」
アネッサの低い声がゴブリンのニヤついた笑みを掻き消していた。
それはリッチのスキル『恐怖のオーラ』ではなく、単純にアネッサが不快さを表していただけだった。
ゴブリンは「ひっ」と小さく声を漏らすと、体を小さくし俯いて黙って案内を再開する。
その背中は少し同情しそうなほどに小さくなり、そして小刻みに震えていた。
「アネッサ、そんなに脅すでない」
実はノブナガもかなりイラついたのだが、先にアネッサがキレた為に冷静になり平静を保つ事が出来ていたのだった。
「ふんっ。 別に脅してなんかいないわよ」
アネッサは口を尖らせ、プイッと横を向きながら反論する。
「ははは、分かっておる」
ノブナガとアネッサが話しながら歩いていると、ゴブリンが振り返り
「ツイタ。 この奥ダ」
ゴブリンは洞窟の奥を指差して、そう言っていた。
今までは自然の洞窟内にできた広場を部屋として使用している場所ばかりであったが、そこには洞窟の中であるのに扉が付けられており明らかに知恵を持つ者が自分の部屋として使用しているようだった。
「ほぉ、少しは話しが出来そうなヤツがいそうじゃな」
ノブナガは扉を見て満足そうに呟き、うんうんと頷いていた。
「そうだといいんだけどね…」
アネッサは腕を組んで、扉を見下すように見ている。
「この扉、アケルまえに叩く。 そうしないとオデ、怒られる」
ゴブリンは扉を数回ノックしてから、ゆっくりと扉を開けた瞬間、部屋の中から女の声で罵声が飛んできた。
「てめぇ!! 何度言ったら分かるんだ! ドアをノックして、オレが許可してからドアを開けろと言ってんだろ!」
ドアを開けたゴブリンの額に、飛んできた拳大の何かがぶつかりゴブリンは大きくのけぞった。
拳大の何かはゴブリンの額にぶつかると、その役目を果たし満足したかのように床に落ちてカランカランと音を立てながら転がっていた。
それは木でできた器だった。
部屋の中の住人は酒を飲んでいたのか、その器には酒の匂いが残っていた。
「ス… すびまぜん! オデ、また開けてしまっタ」
ゴブリンは額を抑えながら、すぐに体を90度に曲げて謝罪する。
「てめぇ、次は殺すぞ」
「ひ… ずびまぜん!!」
ゴブリンはアネッサに睨まれた時のように体を小刻みに振るわせ、部屋の中にいる住人に怯えていた。
「で? なんだ?」
部屋の中から声がする。
「ア… あの、ヒトのコがラーさまに会いたいト…」
「ヒトのコ?」
「ハ… ハイ。 この洞窟でアバていたヒトのコ」
「あぁ… なるほど。 いいぞ。入れ」
「ハ! ハヒ!!」
ゴブリンが扉を開けると部屋の中が見えてきた。
部屋の中は洞窟内とは思えないほどキレイに飾られており、多少のホコリはあるものの毎日掃除されている『部屋』だった。
部屋の中央に机があり、寛げるようにソファーも置かれている。
壁には魔法のランタンがいつくか掛けられており、ランタンからは炎のような柔らかな光が部屋を満たしていた。
そのソファーには赤髪の女が寛いでいた。
『ラーさま』と呼ばれた女の赤い髪は、爆発にでも巻き込まれたのか?と思うほど広がっており、顔は赤い色をしていた。
少しボロくなった服を着ている…と、言うよりも纏っている感じで、とりあえず肌を隠しているのか?という程度の服だった。
そんなボロい服からは大きな双丘がはみ出ており、キレイな格好をさせると良い体つきをしているのだろうなと思わせた。
赤い顔には大きめの目と、鼻筋の通ったキレイな鼻、口は大きめだがプルンとした綺麗な唇をしていた。
ヒトとして見ると『猿顔』だが、サルとして見ると『かなり人間っぽい、かわいい顔』に見えてくる。
ラーは机に置かれた酒瓶から手持ちの器に酒を注ぐと、美味そうに一息で飲み干しノブナガ達をジロリと見る。
「で? あんたらは何者だ? 何しにここへ来た?」
「ワシはノブナガ。 この者はアネッサじゃ。 ワシはお主と話しをしてみたくて参った。 ラーとやら、どうじゃ? ワシと少し話しをせんか?」
ノブナガはラーの目を見ながら話しかける。
「話し…? あんたらはオレの家で暴れて、オレの子分供を殺していたそうじゃないか。 何を都合の良い事を言っているんだ?」
ラーはギロリとノブナガを睨むと、ゆらりと立ち上がる。ボロボロの服は腰紐でなんとかラーの体に巻きついて、その役目を果たそうとしていた。
「ふむ、確かにお主の言う通りじゃ。 じゃがな、それも含めて話しをしようではないか」
「ほぉ? あんた、オレが怖くないのか?」
ラーが凄むと、ラーを中心に圧迫感が放たれビリビリと肌を突き刺さすような感覚になる。
「ふむ。 なかなか良い剣気じゃ」
ノブナガはニヤリと笑うと、ノブナガからも圧迫感が広がる。
その圧迫感の中にいると全方向から切先を向けられ、今にも斬り殺されそうな緊張感が満ちていた。
それはノブナガの持つ絶対領域なのだ。
「ほぉ、あんた、なかなか強そうだな… いいだろう、オレを倒せたら話しを聞いてやろうじゃないか」
ラーは壁に立て掛けられていた身長程もある棒を手に取るとノブナガに向け構えた。
「…まあ、こうなるじゃろうな」
ノブナガは抜刀すると正中に構える。
ノブナガとラーの間では、凄まじい剣気がぶつかり合っていた。
ラーとノブナガの戦いは当然のように始まり、ラーの攻撃に苦戦するノブナガ。
次回 ノブナガ vs ラー
ぜひご覧ください。
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