【46話】ソレメルの野望2
ソレメルはそこそこ裕福な家で生まれた。
とはいっても上には上がいるもので、まぁ、一般的な家に比べると裕福な部類に入る程度だ。
ソレメルは子供の頃から優秀で、近所から羨ましがられることは日常であり、両親も自慢の息子だと喜んでいた。
いつも明るく朗らかに挨拶するソレメル少年は、それはそれは良い子供の見本でもあっただろう。
だが、それはソレメルの表面にしか過ぎなかった。
何度でも言おう。
ソレメルは『優秀』だったのだ。
特に自分の欲求に対する『優秀』さは飛び抜けていた。
この頃のソレメルの『欲求』は、『裕福』だった。
上には上がいる… ならば、その上の『裕福』を手に入れる。
それがソレメル少年の『欲求』だったのだ。
しかし、ソレメル少年は『優秀』であったため、無謀な裕福には興味が無かった。 『手に届く範囲での裕福』… 具体的には、メルギドで1番の『裕福』を手に入れる事。
それが、ソレメル少年の欲求だったのだ。
それから何年か過ぎ、ソレメル少年が青年になった頃、メルギドの歴史で一番若い町長が誕生した。
ソレメル青年はある時、気がついた。
自分に言い寄ってくる女はたくさんいるが、そのどれにも興味が湧かないのだ。
男としての本能により何人かの女を抱いたが、それ以上の興味は湧かない。
立場上、性欲処理のために女をはべらかせるわけにもいかないので、時々、商売女を抱く程度だった。
性欲に乏しい分、食欲は旺盛なようで毎日豪勢な料理を食べるようになる。特に、味が濃い肉料理が好物だった。
スマートだった身体はみるみると醜く太るが、女に興味を持てないソレメルは気にする事なく過ごしていた。
そして、あの運命の出会いがやってくる。
あの日、ソレメルはカミナリに打たれたような衝撃を受けた。 側から見れば見窄らしいウサギ女なのに、ソレメルには女神のように見えていたのだ。
彼女はイルージュ・ウル・ステラリアと名乗った。
(なんて素晴らしい、正に女神に相応しい名前だ…)
ソレメルにとってイルージュの声、仕草、香り、言葉など全てのモノが、神の如く感じていた。
そして、ソレメルの新たな『欲望』が目覚めた。
(イルージュさまと、結ばれたい…)
ソレメルが持つ『優秀な頭脳』は自らの欲望の為にフル回転する。
町のウワサで『月女族には手を出すな』と聞いたが、そんなモノはどうでもいい。
いや、障害が大きいほど、壁が高いほどソレを手に入れた時の感動は大きなモノとなるのだ。
ソレメルはイルージュと結ばれる為に、これまでに手に入れてきた権力、財力、人脈全てを使った。
ハーゼ村を復興し、メルギドとの繋がりを強化する。
さらに月女族をメルギドの守護者として立てることで、町のヒトにも月女族を受け入れるように仕向けた。
だが、ここで問題が生じた。
メルギドにはヒトと月女族しか居ないのだ。
商人や冒険者などにより、メルギドには美しい獣人の守護者がいると有名になるのはいいのだが、獣人が月女族しかいないのは違和感がある。
もし、王国の役人に突っ込まれた場合、『月女族は特別』という理由は通じないだろう。
ヒト至上主義を掲げる王国で月女族だけを特別視する事は不可能であり、メルギドから月女族を追い出さなければならなくなる可能性がある。
最悪の場合、殺せと命令されるかもしれない。
いくら町長を務めていても、王国の役人からの命令には逆らえない。
(どうすればいい…?)
ソレメルは必死に考えた。
それこそ、まだ少年だったあの頃のように必死で考えた。
そうして出した答えが『木を隠すなら森』作戦だったのだ。
ソレメルが優秀と呼ばれる理由は、そこで終わらない事に由来している。
この作戦が失敗した場合、王国と争う可能性がある…
ソレメルは最悪の中でも、最も最悪を見ていた。
『最悪を想定し、最善を尽くす』
これがソレメルが優秀と言われる所以である。
そうしてソレメルの欲望を叶える為の行動が始まったのだ。
―――――――
会議室、ひとり残ったソレメルは中空を見ながら物思いに耽っていた。
役員達はソレメルの口車に乗り、新たな仕事に向けてやる気を出している。
(ここまでは順調だ… だが…)
ソレメルには大きな不安要素があった。
それは王国の役員だ。
(あいつら、事前連絡もなしに突然来るからな…)
アクロチェア王国の役人は、基本的に事前連絡もなしに町にやってくる。
それは王国への反抗など隠し事を摘発する為でもあるのだ。
いわば、王国からの抜き打ち検査のようなモノなのだ。
なので、近隣の町長同士はお互いに連絡を取り合っており、王国の役人の動向を共有している。
(今のところ、役人が来たという情報は入っていないが、いまの状態で役人が来たら、最悪のパターンになりかねない… 早く獣人達が町に住んでいるのが普通な状態にしなければ…)
ソレメルの優秀な頭脳は、さらにフル回転していくのだった。
突然、会議室に『コンコン』と乾いた音が響いた。
ソレメルが音がする方…会議室のドアがある方に視線を移すと、美しい黒髪を背中まで伸ばし、上下とも紺色のスーツを着た女性が凛とした佇まいで立っていた。
「あぁ、ヘルトエか。 何用だ?」
ヘルトエと呼ばれた女は、ソレメル町長の第一秘書を務める女性だ。
ソレメルには3人の秘書がついており全員が優秀な女性なのだが、ヘルトエはその中でも頭ひとつ飛び出る存在だった。
ソレメルもそこは評価しており、重要な仕事はヘルトエに任せるほど信頼している。
「ソレメル町長、少しお時間よろしいでしょうか?」
ヘルトエは静かに、しかしハッキリと聞き取れる声で話しかける。
「うむ。 どうした?」
ソレメルは背もたれに預けていた体重を戻し、両肘を机に立てて両手を組むとアゴを乗せてヘルトエを正面に見る。
「はい、少々困った事がありまして。 先程、ホニード団長が町の外を巡回中に複数の獣人達を保護したと連絡が入りました」
「獣人を保護だと?」
「はい、猫系の獣人で大人が7名、子供が5名の12名です。 全員がかなり衰弱しており、全身に傷を負っております」
ヘルトエは手元の資料を見ながら説明する。
「ふむ、それで?」
ソレメルは視線を変えずに続きを促す。
「現在、獣人達は町の教会に運ばれ傷の手当てを受けております。 ホニード団長が獣人に話しを聞いたところ、住んでいた村が魔獣に襲われ逃げてきた… との事でした」
「なるほど…」
ソレメルはしばらく沈黙し、ヘルトエは黙ってソレメルの言葉を待っていた。
「ヘルトエ。 その獣人達を町で保護しろ。 住居を与えるのだ。 先日の盗賊団に襲われて空き家になった家があるだろう。そこを与えればいい。 当然、食料も着るモノもないだろうから、最低限のモノを準備してやれ」
「承知しました」
ヘルトエはそれだけ聞くと、「失礼しました」と頭を下げて部屋を出ていこうとする。
「あー、そうそう」
ソレメルはヘルトエの背中に声をかけると
「今後、同じような事があれば今回と同様に対応しなさい。 ヒトも獣人もみな同じ人間なんだから… ね」
ソレメルがニコっと微笑むと、一瞬、真顔になったヘルトエも微笑み「承知しました」と頭を下げて部屋を出ていった。
ヘルトエを見送ると、ソレメルは立ち上がり窓の外をみる。
目の前にはメルギドの町が広がっている。
「良い風が吹いてきましたね……」
ソレメルはニヤリと笑いながら、建物から小走りで出て行くヘルトエの姿を見ていた。
ソレメルの計画は順調に進み、ソレメルが黙っていても周りの人間が都合よく動きだした。
次回 ソレメルの野望3
ぜひご覧ください。
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