【44話】大義名分
「あとは、大義名分じゃな…」
ノブナガはアゴに手を当てて考えていた。
「左様でございますな…」
ミツヒデもまた、腕を組んで考えている。
さっきティアが言ったように、メルギドではヒトと月女族は仲良く、お互いに協力して暮らすようになった。
だが、それはあくまでも『隣人』として仲良くなっただけであり、『月女族』だからである。
ノブナガが考えるように、ソレメル町長をはじめメルギドのヒト達は『ヒト至上主義』は間違っていると考えているだろう。
だが、『間違い』であっても『悪』とは考えていないとノブナガは考えていた。
もし、町のヒト達がヒト至上主義を『悪』だと考えているならば話しは早かっただろうが、『間違い』だと思っている程度なら、どれだけノブナガが声を上げても付いてくる者はほとんどいない。
なぜならヒトはそれが正義だとしても、まずは自分にとってのメリットを考える。
メリットがあっても、それは自分が望むものか?
もし、その行為が失敗した時のデメリットは?
自分にかかる影響の大きさと、その行為を行う労力などを比較してから答えを出そうとする者がほとんどなのだ。
さらに、ほとんどの者が現状維持を望む『保守派』なのだ。
ノブナガのような『改革派』は、いても一握りしかいないだろう。
ならば、もしヒト達がヒト至上主義を『悪』だと考えていた場合はどうだろう?
ノブナガが声を上げる事で、いくらかのヒトは『正義』の為に立ち上がる者が現れるだろう。
しかし、そこに『大義名分』がなければ立ち上がる者は少なく、また、立ち上がったとしても自分よりも弱い者にしかその『正義』を振りかざすこともしないだろう。
そこにはやはり、ヒトの考え方の基本である『メリット』と『デメリット』があるからだ。
例えそれが『悪』だと『極悪』だと考えても、行動した結果、自分に降りかかるデメリットが大きいと行動を起こさず、不満を言うだけで終わる。
そんな状況で無理矢理『改革』を推し進めようと、ノグロイのように一部の『信者』と行動を起こしても町の人達からは相手にされず、ただの『うつけ』として見られるだけだろう。
もし武力を行使したならば、ノグロイやザスサールのように騎士団に殲滅されるか、ただの『野盗』になり下がるだけなのだ。
だから『大義名分』が必要なのだ。
大義名分の下メルギドに住むヒトはもちろん、他の町の人々や他国から我々が正義だと、我々が正しいと思わせなければならないのだ。
そうでなければ、ただの反逆者であり粛清の対象となってしまうだけなのだ。
つまり、ノブナガは国を興し天下布武を成すために、この国に合った旗印を掲げなければならないのだ。
ノブナガとミツヒデが思考に耽っていると、じれたようにアネッサが口を開く。
「ねぇ、あなた達。大義名分はあるじゃない。『ヒトと獣人、半獣人が仲良く暮らせる国にする』でしょ? それ以外に何かある?」
アネッサは不思議そうにノブナガ達を見ていた。
「ふむ、最終的にはそうなのじゃが、多くの人々や他国の者達に我々の考えが正義であると思わせなければならん。 つまり今のアクロチェア王国は『悪』なのだと思わせる必要があるのじゃ。 じゃが、もう何百年もこの国で生きておる者にとっては、現状が悪なのか正義なのかも判断できんのじゃ。 じゃから、ワシらが正義であり、アクロチェア王国が… いや、アクロチェア王国の国王が悪じゃと考えるようにしなければならんのじゃ」
ノブナガは身振り手振りを加えながら説明する。
「んー… それじゃ、反対する奴らをアンデッドにしちゃえばいいじゃない。 アンデットはわたしの命令が絶対なんだし」
アネッサの爆弾発言が飛ぶと、さすがにこの部屋にいる者全員が引いてしまう。
アネッサにとって月女族以外はどうでもいい存在なのだ。そう、生きていようがアンデットになろうがアネッサには興味もない事なのだ。
「あ… あの、巫女さま? それはちょっとどうかと……思いますよ?」
ティアは若干顔を引き攣らせながら反論する。
「あら? そうかしら? わたしは月女族だけいれば、あとはどうでもいいんだけど… まぁ、ティアさんがそう言うなら辞めとくわ」
ニコっと笑いながらアネッサは自分の意見を取り下げた。
アネッサが本気になれば、町の人々をアンデッドにする事も、リッチの能力である恐怖のオーラで抑えつける事も可能だろう。
だが、それはノブナガの言う天下布武ではなく、ただの恐怖政治であり、現状よりも酷い国になるだろうと、アネッサ以外の誰もが理解していた。
「まぁ、どちらにしてもまだ準備が出来ておらん。 こんな状況で事を起こそうとしても失敗に終わるのは目に見えておる」
ノブナガの言葉にミツヒデも頷き、同意を表す。
「ミツヒデ。 準備を進めるのじゃ。 その為にも、まずはソレメルを調略するのじゃ」
ノブナガの指示に、ミツヒデは「はっ」と答え頭を下げる。
「ねぇ、ノブナガ。 町のヒト達はどうするの?」
ティアが小さく手を上げて尋ねる。
「ふむ。町に住むヒトは放置でよい」
「え? ほっといていいの?」
ティアは驚いたようにノブナガを見る。同じようにキシュリもアネッサもノブナガを見ていた。
「うむ。 人とは上の考え方や、住む環境で善にも悪にも容易く変わる。 ソレメルを取り込み、町に獣人が増えれば自ずとヒトと獣人達はお互いを認め、手を取り合って生きるようになるじゃろう。 今のメルギドのヒトと月女族のようにな。 その状況が『当たり前』となれば、『ヒト至上主義』が『悪』じゃと考える者が増えるじゃろう。 そうなればワシらの訴える言葉も素直に受け入れやすくなると言うものじゃ」
「なるほど…」
ティア達は頷き、ノブナガの言葉に理解を示す。
「理解したな? では、ミツヒデ」
ノブナガは全員の表情から、自分の考えを理解したと判断し改めて指示を出す。
「はっ」
「お主は、ソレメルを調略し戦の準備を進めよ。 まずはメルギドの町を要塞化し、ハーゼ村とメルギドの間に城を建てるのじゃ」
「ははっ」
ミツヒデは頭を下げノブナガの命令を承諾した事を示す。
「続いてティア」
「は… はい! じゃない、はっ!」
慌ててティアはミツヒデの真似をして頭を下げる。
「お主は月女族を取りまとめるのじゃ。 そして、戦に備え訓練を行え」
「ははっ!」
ティアはさらに頭を下げる。
「キシュリ、お主はワシの娘として生きよ。 ワシが王都へ向かう間はイルージュの下で暮らすがよい。 いづれ、ワシの役に立つ日が来る。それまでは姫として美しく、気高く振る舞うのじゃ」
「はい。 父さま」
キシュリは立って深くお辞儀する。 キシュリはミツヒデやティアのような『家臣』ではなく『娘』であるため、あえて立ってお辞儀をしてみせたのだ。
それにノブナガは満足そうに、「うむ」と頷いてみせた。
「アネッサはワシと王都へ向かう。 敵を知らねば戦えんからな」
ノブナガはニヤリと不敵な笑みを浮かべアネッサを見る。
「そうね、わたしもルートハイム家について、もう少し調べたいし。 ついていってあげるわ」
アネッサもニヤっと笑いノブナガを見ていた。
「うむ。では、各々、来るべき時に備えて準備を怠るな。 いまは静かに、そして着実に準備を行い『機』を待つのじゃ」
「ははっ!」
ミツヒデ、ティアが膝を着いて頭を下げ、キシュリは深くお辞儀しアネッサは頷くだけで了承の意を表す。
ノブナガは満足そうにその姿を見ていた。
ノブナガ達がメルギドの町から旅立った後のメルギドでは、ソレメル町長がある問題を抱えていた。
次回 ソレメルの野望
ぜひご覧ください。
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